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栗花晩景
【その他 官能小説】

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緑風-2

 並んで玉を弾きながら、今泉は何かと話しかけてきた。店内の騒音はかなりなものである。けたたましいBGMと最大音量のアナウンス。それに数百台の機械音。話す時は顔を寄せて、しかも声高にしなければ聞こえない。
 彼と初めて言葉を交わしたのもパチンコ屋だった。偶然隣になって、互いに、
「おう……」と挨拶らしい言葉が口を出た。そして玉がなくなると喫茶店に行った。
 同じ史学科で顔は見知っていたのである。一時間ほど雑談をして一緒に次の授業に出た。それからは顔を合わせれば行動を共にするようになった。

「けっこう美人だな」
今泉は恵子に興味を持ったようだ。
「ラブレターを書いた気持ちがわかるよ」
冷やかしの目ではない。
「高校の時のことだよ」
「付き合ったの?」
「いや……」
細かい話はしたくなかった。しばらくして、
「サークル、どうする?」
「どうするって?」
「入る?」
「入らないよ」
私はやや強く答えた。
今泉は間を置いてから、
「俺、どうしようかな……」
照れ隠しなのか、笑いながら言った。

 入るつもりはなかったが、心に在ったのは小林晴香である。どこか美紗を彷彿とさせるところを感じていた。面ざしが似ているわけでもなく、痩せているということ以外は一見共通するところはない。が、素直な微笑みが美紗と重なって哀しく私を惹きつけるのだった。

 そろそろ高校でも文化祭の時期である。美紗と初めて会った日の思い出に胸が痛んだ。
『あたし、やりたいです』……
あどけない顔が浮かぶとつらかった。手のほどこしようのない彼女の存在を私は幻影として心の奥に宿していた。
 夜、彼女が残していった下着にそっと口づけることがある。饐えた臭いが時に叫びたいほどの悲しみを甦らせてくる。
 その苦しさを晴香と相殺しようとする意識があったとは思えない。ただ、彼女から心地よい潤いを得たことが 何らかの救いになっていたのは確かなことだった。

 不思議なもので晴香とはそれから度々出会うようになった。たぶんこれまでもすれ違っていたのだろう。顔を見知ったことで目に留まるようになったのだと思う。
 会えば必ず言葉を交わし、私の想いは少しずつ温かみを帯びて、間もなく意識的に彼女を探すようになった。
「お前、あの子が好きなのか?」
「ああ、すごく好きだ」
晴香が去った後で今泉に言われた時、ことさらはっきりと言った。
「お、真剣だな」
「真剣だよ」
言ってから切ない想いが広がった。美紗の悲しい顔が私を責め立ててくる。
(晴香に逃避している……)
胸を締め付ける悔恨の呪縛をどこかに棄て去ろうと晴香に心を寄せているのではないか。そんな惑いの気持ちが循環していた。


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