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栗花晩景
【その他 官能小説】

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緑風-3

「三原さんが、手伝ってくれませんかって」
二階の喫茶店からは駅へ続く大通りが見渡せる。昼時の混雑が過ぎた午後のひととき、通りの流れも穏やかになっている。
 晴香が言ったのは学園祭のことである。彼女とこの店にくるのは何度目だろう。いつか、ごく自然に二人で歩くようになった。時間が合えば昼食も一緒にして、授業の合間には喫茶店で語らうのが日課になっていた。その代わり今泉との時間は少なくなったが、彼は彼でサークルに入って恵子の後をくっついているようだ。経済学部のキャンパスは電車で一時間ほど離れている。それにもかかわらずせっせとそちらへ通っているらしく、授業も休みがちであった。

「手伝うって、何するの?」
「荷物運び」
晴香は可笑しそうに笑った。
「男の人が少なくて」
「どうせそんなところだろうな」
サークルとは名ばかりの集まりで、男は今泉を入れて二人、女子も六人だけのグループである。正式に自治会に認められてはいないようだが、特別に参加できることになったらしい。
 活動資金を得るために焼き鳥の屋台を出店するのだという。その材料や器具を運んだり、出きれば販売も頼みたいというのである。恵子も私には言いやすいのだと思うが、気が重いことだった。晴香がいなかったらきっぱり断っていたところだ。
「部員でもないのに……」
「そうだけど、お願いします。説得してって頼まれちゃったの」
晴香と私が親しくなったのを今泉から聞いているのだ。
 結局、不承不承引き受けたのはいいが、散々な三日間になった。

 レンタル屋から器具一式を車に積み込み、学校まであと二、三百メートルのところで今泉が接触事故を起こしてしまった。車は彼の友人から借りたもので、今泉は夏休みに免許をとったばかりだった。幸い軽い物損だけでケガはなかったが、警察を呼んで現場検証をしなければならない。設営の準備が気にかかった。

 そもそも、つまずきの元は恵子にある。前日までに済ませるべきことなのに手配を忘れていたのだ。
 私は走って行って恵子に事の次第を知らせた。
「何よ。困るわ。間に合わなくなっちゃうじゃない。山岸くんと二人で持ってきてよ」
「手で持って?」
「それしかないじゃない」
事故に対する気遣いはまるでない。
「山岸くん、一緒に行ってよ」
山岸は今泉以外の唯一の男子部員である。小太りでおとなしそうな男だった。

 私と山岸は現場へ走った。バイクの警察官が二人、ちょうど到着したところだった。
「歩いて持っていく」
トランクを開けるように言うと、
「まだ間に合うんじゃないの?」
「持ってこいってさ」
「きついなあ」
今泉の声は上ずっていた。初めての事故で動揺していたようだ。付いていてあげたかったが時間がなかった。
「昨日のうちに終わらせておけば何の問題もなかったんだ」
焼き鳥器は鋳物製でずしりと重い。
「一人じゃ無理だな」
山岸はうんざりした顔で溜息をついた。ここまで走っただけで息があがっている。
 晴香と二人の部員が駆けつけてきた。
「段ボールが三つあるからそれ持ってきてくれる?」
歩き出して振り返ると、今泉が警官に何か訊かれていた。

 私と山岸はそれから炭俵を運び、休む間もなく設営を手伝った。
「急いで。もうお客さん来てるわよ」
準備が整った頃には山岸は黙りこんでいた。
 それからの三日間、私は恵子にこき使われた。彼女は指図するばかりで自分は動かない。今泉も調子よく恵子の周りで楽なことばかりしていた。大変な思いをしたのは私と山岸である。特に山岸は部員だし、風当たりが強くなる。炭の熾し方が悪いとか、串の刺し方だとか、ひっきりなしに文句をつけられてほとんど口を利かなくなっていた。
 救いは晴香の心配りである。私たちが何か言いつけられると彼女は必ず手を貸してくれた。口にこそ出さなかったが、申し訳ないという気持ちが表情に表れていた。

 焼き鳥で大儲けの目論見は不首尾に終わった。器具をそろえたところで素人である。焦げついたり、逆に生焼けだったりと苦情が相次ぎ、内訳はわからないが儲けるどころではなかったはずである。さすがの恵子も二日目からは口数が少なくなって不機嫌であった。私は内心笑いだしたいのを堪えていた。
 鶏肉やタレなどの材料は料理屋をやっている恵子の親戚から分けてもらったらしく、原価を割った支払いで済んだようだが、とにかく利益が出なかったことはまちがいない。甘くみていたと反省したのかは知る由もないが面白くなかっただろう。
「来年の旅行費用にしようと思ったのに……このぶんじゃとても無理ね……」
三日目には完全に諦めていた。恵子の落胆ぶりに背を向けてにやにやしていると山岸も笑っていた。


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