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栗花晩景
【その他 官能小説】

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緑風-1

 入学から半年後のことである。
学生街の街路樹も色づきはじめ、コート姿のサラリーマンが目立ちだした季節になっていた。
 最近親しくなった今泉と学食でコーヒーを飲んでいると、定食をのせた盆を片手に二人の女子学生が席をさがしながら近づいてくるのが目にとまった。見たような顔だとぼんやり眺めていると、相手も気づき、いぶかしげな表情になった。
「あ……」
声を上げたのは私の方である。
(三原恵子……)

 恵子は目を細めて、不機嫌な顔で私の前に立った。
「磯崎くん?……何してるの?」
私がいることが信じられない様子である。
「しばらく」と私は軽く顎を引いた。
「うちの学生なの?」
「そう。文学部の史学科」
「本当……」
恵子はまだ納得できないのか、まじまじと私を眺めまわした。
「へえ、そうなの。知らなかった……」
思うに、奇遇に驚いたというより、S高校に行った私が同じ大学にいることが腑に落ちないものと見えた。

 恵子の高校はそこそこの進学校である。なぜ格下の私がここにいる、ということらしい。たしかに一般入試だったら難しかっただろう。S高校に行ったから獲得できた推薦枠だともいえる。
「推薦?」
恵子は執拗である。私が頷くと、
「そうよねえ……」
ようやく納得の表情をみせた。推薦でなければ自分と同じ大学にいるはずがないとでも言いたい調子であった。

 恵子の印象があまりにも変わったことに私はがっかりした。
(こんなぶしつけな女だったのか?……)
尤も、ほとんど口を利いたことなどない憧れの存在だったのだから、人柄、性格を知る機会などなかった。それにしても、もっと優しいイメージを抱いていたものだ。
「いつもここで食べてるの?」
私が訊ねたのは半年間のすれ違いを不思議に思ってのことだ。
「一度も会わなかったな」
「あたしは経済だからここじゃないのよ。今日はたまたま学園祭のことで来たの」
後ろに立っている女の子はずっと微笑んでいる。感じのいい子だった。
「彼女は文学部よ。知ってる?」
私は会釈をしてから首をかしげた。文学部といっても数百人の学生がいる。史学科の同期でさえ全員の顔はわからない。
「国文よね。小林晴香さん」
恵子は晴香を紹介して、今度は彼女に向かって、
「彼ね、磯崎くん。中学の同級生。あたしにラブレターくれたのよ。ねっ」
私は厭な気分になって苦笑しながら煙草をくわえた。
「あら、煙草なんか喫っちゃって」
今泉はにやにや笑いながらからかうように目配せをしてくる。

 私が黙り込んだので、恵子は話を打ち切って空いた席に盆を置いた。
「行くか」と今泉が親指を動かしたのはパチンコに行こうという合図である。次の授業まで二時間近くあいている。
 私たちが立ち上がると恵子が呼びかけてきた。
「ねえ、どこかサークル入ってるの?」
「いや、どこにも」
「うちに入らない?女の子、多いわよ」
「何やってるの?」
「文化研究会」
興味はなかったがおおまかに聞いてみると、歴史的な建造物や町並みを巡ってその時代の文化を知り、現代につながるものを探る、のだそうだ。いずれ泊まりがけで温泉に行く計画もあるらしい。
「楽しいわよ。あなた史学科じゃない。勉強になるわよ」
何だか重みのないサークルだと思ったが、恵子が作ったと聞いて余計その感を強くした。
「だから上級生がいないのよ。一年だけ。気楽よ。部員が少ないのよ、入って」
「お願いします」
小林晴香が口を添えてきたので私は返事を濁して曖昧にした。
「彼もどうかしら」
声をかけられた今泉は満更でもない顔で私を窺って笑っていた。


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