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栗花晩景
【その他 官能小説】

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芽吹き編(2)-5

 小暮が入部して十日ほど経った。
文化祭が近いこともあって個人練習の時間はなく、まだまともに音も出せない彼は大きなチューバを抱えて吹く真似をしているだけだという。
「それじゃ面白くないだろう」
「そうでもないよ。けっこう楽しい。俺は続けるよ」
小暮は嬉しそうに笑って話した。その理由は言うまでもなく大村真理子の存在である。
「俺のパートから真理子の横顔が見えるんだ。俺は吹く真似だけだからずっと見ていられるんだ」
 私はラブレターのことを思い出して訊ねた。差出人が小暮だとわかっているのかどうか。同期で同じ姓は他にはいない。
「さあ、どうかな。ひょっとして気づいているかもしれないけど、それはどうでもいいんだ。あれはなかったことにして今からやり直すんだ」
あまりにも真面目な顔で言うので可笑しさがこみあげても笑えない。まるでドラマにでも出てきそうなセリフである。
 真理子の体操着を股間に抱え込んだ姿が目に浮かんだ。返事がこないと落ち込んでいた顔はもうない。毎日彼女のそばにいる幸福感で満ち足りた笑顔であった。

「古賀って、どんなやつだ?」
聞かれたのは文化祭も間近のことである。古賀と私が中学の同級生だったことは前に小暮に話したことがある。
「どんなって言われても、いいやつだよ」
言い淀んでいると、小暮は声を潜めた。
「少し前からなんだけど……」
大村真理子のリードが紛失するのだという。クラリネットのパートは十人以上いるのに真理子のものだけが無くなる。すでに五枚が消えた。
「それが、新しいのはそのままで、使ったリードだけが無くなってるんだ」
小暮はちょっと気色ばんで小鼻を膨らませた。
「おかしいだろう?ふつうなら新品を盗むよ。それが使ったものだけなんて、変だよ」

 初めは気にしなかった真理子も部長と相談して、今では毎日持ち帰っている。それ以来被害はない。
 そこで浮上したのが古賀なのだった。
「あいつ、よく一人で居残り練習してたんだ。だからあいつじゃないかって、何人かが陰で言ってるんだ。前から真理子のことばかり見てたって」
「ふーん……」
内心古賀ならやりかねないと思ったが、だからといってこれまでの性的行状を話すわけにはいかない。そこには大抵の場合私が一緒にいた。私自身が『どんなやつ』か告白するようなものだ。それに小暮だって下穿きの件や入部の動機を考えれば似たようなものではないか。私は古賀をかばいたい気持ちになっていた。

「変なやつじゃない。頭はいいし、真面目だし……」
曖昧に答えてから、私はつい口がすべってしまった。
「中学の時から大村のことは好きだったみたいだけどな」
小暮の顔が強張った。
「やっぱり、そうだったのか……あいつ……」
いつもの温厚な眼差しは消えて思いつめた表情に変わった。
「だけど、証拠はないんだろう?」
小暮は返事をせず、じっと考え込んだまま口を閉ざした。


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