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栗花晩景
【その他 官能小説】

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芽吹き編(2)-4

 昼休みに細谷が教室にやってきた。廊下から私の名を呼んで手まねきするものだからクラス中の視線を浴びることになった。
「今日、放課後空いてる?」
「委員会あるんですか?」
「ちがうの。プログラムの原稿整理とまとめ。いよいよ編集なの。手伝ってくれない?」
二人が係なのだから断るわけにもいかない。
「じゃあ、委員会室でね」
細谷が帰ると何人かが冷やかしの言葉を投げてきた。
「三年の彼女か?」
上履きの色で学年が判るのだ。
「すげえボインだな」
「委員会だよ」
冗談とわかっていながら重い恥ずかしさを感じた。

 編集作業は構成を考えたり清書したりと、思った以上に手間のかかるものである。一日では終わらず翌日も二人で暗くなるまで原稿と向かい合った。二人で、といっても細谷の考えに従ってまとめていくのだが、彼女は必ず私に同意を求めてから、
「じゃあ、これでいこう」と進めていく。そのため手伝っているだけなのに共同作業の実感があって集中力が高まる。細谷がそこまで考えていたのかは疑問だが、おかげで充実した時間であったのは確かである。

 清書の段階に入ると私たちは黙々と鉛筆を走らせた。原稿の字が読みにくいものがあるので面倒でも書き直して印刷屋に持っていくのだそうだ。
「その方が校正が少なくてかえって楽なのよ」

 二日の間に私は細谷に仄かな温もりを感じるようになっていた。テーブルで向かい合い、聴こえてくる呼吸がなぜか安心感をともなって伝わってくる。彼女の包容力とでもいったらいいのか。……

 判読できない字を訊ねると、彼女はわざわざ席を立ってそばまでやってくる。
「どれどれ」
そして頬が触れるほど顔を寄せてくる。私が心持ち体を傾けて避けるとさらに近寄ってくる。次に質問した時も原稿を差し出したにもかかわらず、やはり立ち上がって私を被うようにして肩に手を置いた。
「どの字?」
耳のあたりに息を感じた。微かな口臭がミチとクミを思い起こさせた。そして体臭。もっと奥深くには根源である『女』のニオイ。……私は少なからず動揺した。

 彼女が私の変化を察知したことはないだろうが、二人きりで過ごしたことでより親しくなったのは確かである。彼女を敬遠する気持ちはなくなり、帰り仕度が遅くても私は廊下で待っていた。
「ごめんね」
小走りに駆け寄ってくることがとても嬉しかった。

 駅まで並んで歩きながら腕が触れてもそのままに任せた。
後ろから猛スピードで車が近づいてきて、細谷は私の腕を取って引き寄せた。
「車がきた!」
車が通り過ぎても彼女の手は私の腕を抱えていた。その接触が心地よいと思った。夜風に彼女の匂いが香る。抱きつきたい衝動に駆られた時、そっと手が離れていった。
「危ない運転ねえ」
私は黙って頷くと、もう見えるはずのない車を振りかえった。

 細谷は相変わらず多弁だったが、合間に私も質問するようになった。
「先輩は大学行くんですか?」
「先輩はよしてよ。好きじゃないのよ、その言葉。男子はいいかもしれないけど」
「でも、先輩だし……」
「そうよね。みんなのいる時は仕方ないわよね。でも、二人の時はいいのよ。あたし、栄子っていうの。栄えるの栄。名前でいいわよ」
そう言われてもやはり呼ぶことは出来なかった。


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