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栗花晩景
【その他 官能小説】

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早春編(2)-1

 三年生になると受験に向けて慌ただしい雰囲気になってきた。模擬テストも多くなり、クラスの中でも志望校のことが話題になった。私は自分の成績から、近くの県立高校に決めていたが、それはそれ以上のレベルアップが望めないと判断したからである。それにしても合格する保証はないので、さすがに焦りを感じて問題集を解いたりして受験勉強の真似ごとをしてはいたが、成績に変化はなかった。

 古賀がトランペットを買ったのはその頃である。ギターの話をしたことはあるが、トランペットに興味があるとは聞いたことがなかった。時期も時期だけに唐突の感は否めなかった。訳を訊くとS高校のブラスバンドに入るのだという。
「S高校?」
思わず聞き返した。S高は市内にある私立高校で、私でも問題なく合格できるまだ新しい学校である。古賀の実力なら県内有数の進学校だって入れるはずだ。それにどの学校にもブラスバンドはあるだろう。
「もう決めたんだ。親も好きにしていいって言ったし」
古賀は嬉しそうだった。教師に何度も念を押された上の結論だったようだ。
「いま練習してるんだ。なかなかむずかしいよ」
入学までに少しでも巧くなっておきたいと意欲に燃えていた。
 なぜS高なのか。古賀ははっきりとは言わなかった。演奏会を聴きにいって感動したからだと答えたが、私には説得力が希薄に感じられてならなかった。


 古賀の家は駅のすぐ近くにある。そこから東側には高台があって森が広がっている。周りには学校や法務局などがあって静かな区域である。特に夕方になると人通りも疎らで、古賀は時々そこの公園でトランペットの練習をしているらしかった。

 ある土曜日、私は公園に誘われた。
「練習の成果を聴いてほしい」というのである。正直なところ興味がなかった。彼の部屋で『秘密の箱』を開ける方が楽しかった。それと夕方来てくれと言われたことも面倒だった。だが断る理由もなく、私は約束の時間に家を訪ねた。

 古賀は門の外に出て待っていた。
「悪いな」と言ったのは、わざわざこんな時間に、という意味だったようだ。帰りに部屋に寄るのは遅くなるし無理だなと思った。

 公園へ続く森の中は薄暗い。歩きながら古賀は無言だった。気乗りのしない私も黙っていたので、トランペットケースの取っ手の音だけがカタカタ鳴っていた。
 公園には誰もいない。古賀は一番奥まった場所まで行くと辺りを見回した。敷地が湾曲しているのでその位置は通りからは見えない。
 近くにベンチがあり、そこに座るのかと思っていると、古賀はさらに進んで石碑の裏に回った。何かの記念碑なのか、二人が身を隠せるほどの大きなものである。
「ここで吹くのか?」
「いや……」
ケースを足元に置くと石碑を背に腰を下した。

「実はさ……」
私にも座るように言ってから話し出した。
「毎週土曜日にアベックが来るんだ。必ずあのベンチに座るんだ」
私は思わず身を屈めた。
「いちゃいちゃやるんだよ。この間なんかオッパイが見えた。男が揉んでるんだ」
「ほんとか……」
体が自然と古賀に近寄っていく。
「声出しちゃってさ。感じてるんだな」
「何時頃来るんだ?」
「真っ暗にならない時間だから、何時だろう」
私たちは石碑から顔を出して窺った。
「C大の大学生じゃないかな」
近くに国立大学ある。学校の帰りに寄るのだろうか。頭の中に生々しい想像が広がった。
「何回ぐらい見てるんだ」
「先週で四回連続だよ。初めはここで小便してたんだ。そしたら話し声が近づいてきて出られなくなっちゃってさ。覗いてたらキスしてやりだしたんだ」
古賀は固唾を飲んで見守るその時の格好をして見せた。

 遠くの空にはまだ白さが残っていたがすでに日は暮れている。私たちは石碑の両側から何度も顔を出した。
「おかしいな……」
古賀が呟いた時、かさかさと歩く気配がした。慌てて身を縮め、目を凝らして見ていると、
「ちがう。犬の散歩だ」
力なく言い、今日はだめだな、と溜息をついた。私に対してというより自分自身が落胆した独り言みたいだった。
「いつも犬の散歩の人が来ると終わりなんだ。だから、今日は来ないみたい……」
「そうか、じゃ、無理だな……」
「うん、無理だな」
諦めて立ち上がると古賀が言った。
「来週、来る?」
「来る……」
何だかひどく疲れを感じて私の返事は気の抜けたものになった。だが見ず知らずの男女の熱い行為は妄想の中を駆け回っていた。
 翌週も私たちは石碑の後ろで寄り添うように身を潜めていた。男女は現れなかった。次の週は雨が降り、結局アベックの愛撫を見る機会はなかった。しばらくして古賀に訊いてみると、その後は見かけないということだった。


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