『冬はまだ長くとも…』-1
「やっぱり付き合ってるのか。」
「うん。」
やれやれ。
小さなため息は広い講義室には響くことも無く消えた。朝早くのこの講義は人気が無く、さらにまだ授業開始10分前なので、周りには生徒もまばらだ。窓際の奥のほうの3人がけの椅子に、俺とひさぎは隣り合って座っていた。
そこで、このあいだ見たことを俺はひさぎに確認していた。
「…にしても。」
ぼそり、と俺は呟いた。柊子の気持ちも少しは…とも思ったけど、口には出さない。
ひさぎのことだ、考えて、悩んでのことだったのだろう。こういうとき、親友であるということが損に思える。相手が何を考えているかということが、なまじ分かってしまうから、勝手な言葉で責めることができない。でも、よく考えてもみれば、もともと俺が何かごちゃごちゃと言う権利なんてないのだ。この問題にたいして、一番外に居るのは、俺だ。
そんなことを考えていると、不意に後ろから声がかかった。
「隣、いい?」
驚いて振り向いた。
「柊子…。」
「おはよう、つばき。」
その、いつもどおりすぎる挨拶に何故かうろたえてしまって、ああおはよう、ととっさに返してしまった。そして
「おはよう、ひさぎ。」
俺の時と、少なくとも表面上だけは同じ挨拶が、俺の上を通り過ぎた。
「…おはよう。」
ひさぎも、俺と同様、あっけにとられたような顔をしている。無理も無い。柊子が、ひさぎにおはようなんて言うのも、ひさぎの名前を呼んだのも。その場面を思い出そうとするなら、記憶の結構な距離を遡らなければならない。
そんな風に戸惑っている俺たち二人を差し置いて、柊子は俺の左にすんなりと座った。
「ねえ。今、二人の会話ちょっと聞こえてたんだけどね。」
聞かれていた?
心の中で舌打ちした。よりによって柊子に聞かせてしまうなんて。
柊子はどんな顔をしているんだろう、と思ったけど、柊子は、当たり前のような笑顔をうかべて居た。
「やっぱりそうなんだ、ひさぎと榎奈ちゃんが付き合ってるって。」
ひさぎは、こくりと頷いた。
「そっか、おめでと。」
結局、会話はそれで終わってしまった。小さな疑問符が、机の真ん中に浮かんだままに、退屈な講義が始まった。
講義室の中と違って、廊下の空気は冷たい。リノリウムの床が奏でる、それぞれ異なった二つの靴音がよく響く。
次の講義も同じだから、俺は柊子一緒に廊下を歩いている。ひさぎとは、一緒じゃない。
「なぁ柊子。」
俺は一時間半前から浮かびっぱなしの疑問符をひっとらえて投げかける。
「どうして急に、ひさぎに話しかけられるようになったんだ?」
その問いに、柊子は少し首を傾げて苦笑した。
「急に、かぁ。」
そして少し首をかしげて、嘘っぽい考えるような仕草をした。