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『冬の中のあたたかさと優しさ』
【青春 恋愛小説】

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『冬の空は厚い雲に覆われて』-4

〜つばきside〜

映画館を出たころ、外は一層その寒さを増していた。雪まで降り始めてる。でもこれくらいなら傘がなくても大丈夫そうだ。
そんな中、俺たちは二人で駅に向かって歩いていた。映画の感想とかを話しながら。
物理的には、とても寒い。でも、何故かそんなに寒さは感じなかった。
角を曲がって、数歩あるいたところで、柊子が突然立ち止まった。
どうしてだろう、と思い、柊子の、その視線の先にあるものを探った。
俺たちの前方、横断歩道の手前の信号機の下に、見覚えのある後姿と横顔。
あれは…ひさぎ?それと、榎奈。
二人、手をつないで、楽しそうに話している。
遠目で見てもわかる。その雰囲気は友達同士のそれじゃなく…
「……っ!」
突然、柊子はその光景から逃げるように後方に走り出した。
「柊子!?」
慌てて俺も後を追う。
いきなりのことに驚きながらも、俺は、柊子がいまだにひさぎのことを引きずっているんだ、ということに対しての、どこか冷静な落胆を抱えながら、走った。
歩道の上には雪が凍り付いていて、転ばないように走るのに気を遣う。
一方、柊子はそんなことには気付いていないかのようにただ走る。
あんなふうに走ったら絶対に転ぶぞ、と思っていたら、案の定、細い路地に入る角を曲がってから二、三歩くらい走ったところで柊子は凍った地面に足をとられて転んだ。
うずくまる柊子に駆け寄って、手を差し伸べる。
「柊子……大丈夫か?」
俺の台詞から一拍子あいてから、柊子は顔をあげて俺の手を掴んだ。
「うん、大丈夫。どこも怪我とかはしてないよ。」
その顔には、痛々しく笑顔が貼り付けられていた。
「いや、そうじゃなくて…。」
ひさぎの事は…。と思ったが、やっぱり言うのは止めた。
だって、柊子の弱いまなざしと、俺の腕を握る力を少し強めた手が、言っていたから。
それは言わないで、と。
ぐっ、と力を入れて柊子を引き起こす。
よし、あとは、明るく励ましてやればいい。友達として。それが俺の役割だから。
でも
「アリガト。」
と、立ち上がる時に言った柊子の声が、今にも泣き出しそうに震えていて…。
そのせいで、たまらなく切なくなって、悔しくなって、愛おしくなって…
気付いたら
俺は柊子を、抱きしめていた。慰めるためなんかじゃなく、自分の気持ちにただ突き動かされて。
柊子の体は、思ってたよりずっとちいさくて、やわらかくて、いい匂いがした。
もっと、もっと強く抱きしめてしまいたい。強く強く、この腕にもっと力を込めたい。たとえ柊子のからだが壊れるとしても。
このまま、このまま全部言ってしまえばいい。全部、俺の気持ちを柊子に伝えてしまえばいい。たとえ柊子を傷つけるとしても。
ほんの一瞬だけど、確かにそう思った。
だけど、次の瞬間、柊子が俺の服を、キュッと握ってきた。その手には、無垢な信頼が込められている気がした。
俺は、腕に込めた力を少しだけ緩めた。
「なかないで。」
俺は言った。
「ボクがそばにいるから、だから、なかないで。」
そして、腕を解いて柊子と向き合った。
すると、柊子はクスッと笑った。俺も笑った。
「それ、さっきの映画の台詞。」
そう、俺の言った台詞は、さっきの映画の中に出てきた台詞だった。
「なかなかいい演技だっただろ?」
「65点、かな。台詞棒読みすぎ。もっと感情込めなきゃ。」
「そうだよなぁ。」
「その前の抱きしめるところまでは、迫真の演技だったのにね。びっくりしたくらい。」
思わず苦笑した。
それはそうだろう。だって、演技なんかじゃないんだから。本気だったんだから。ついでに言うと、台詞を言うのは、迫真の演技だった。これは演技でやっているんだ、という演技。
あの台詞は、確かにさっきの映画の中のものだけど、俺の気持ちそのものと、全く同じものだから。
「…ありがとね。」
少し間を置いて、柊子は言った。
「おかげで、元気出た。」その笑顔は、いつもの明るい柊子の笑顔だった。
結局、俺は俺の、友達として励ますという役割を果たしてしまったんだな。要領がいいんだか悪いんだか。
「それじゃ、帰ろうか。」
ムズムズした思いを抱えながらも、俺はそう言って振り返って歩き出した。
柊子も小走りで俺の横に追いく。その時、また足を滑らしそうになって、慌てて俺は手を掴んだ。
このまま手を繋いだままで…。そんな風に思ったけど、その手があっけないほど自然に解かれてしまったので、逆に可笑しくなってしまった。

肩を並べて、冬の冷たい空気の中を歩きながら、俺は漠然としたやる瀬無さのようなものを感じていた。不安、いや不満かな。
確かに、俺の前では柊子は笑ってくれる。肩を並べて歩ける。
でも、
でも柊子は、俺のことが原因であんな泣き出しそうな顔にはならない。
柊子の泣き顔が見たいわけじゃない、むしろ、いつも笑っていて欲しい。
でも、その事実は、なぜかひどく悔しかった。
腕に、いや、全身にまだ残っている、さっき柊子を抱きしめた感触がその気持ちに拍車をかける。
柊子を抱きしめていた時に抱いていた、黒っぽい感情。それが心の奥のほうにしっかりと巣くってしまったみたいだ。
改めて、俺は柊子のことがどうしようもなく好きなんだということに気付かされた。
いや、その気持ちは前よりもっともっと強くなっている。少しずつ、自分勝手にその姿を変えながら。
柊子は…柊子は俺のことをどう思っているのだろうか。
友達。それはそうだろう。でも、少なくともどの友達よりは信頼されているのではないのだろうか。タダのトモダチ、という程度の浅い関係ではないはずだ。でもそれって、俺が本当に手に入れたい関係から、近いものなのだろうか、それとも遠いものなのだろうか。

厚い雲に覆われた空を見上げても、あたたかな太陽の姿が見えるわけでもないのと同じように、どんなに考えても、答えは見えるはずも無かった。


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