投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

『冬の中のあたたかさと優しさ』
【青春 恋愛小説】

『冬の中のあたたかさと優しさ』の最初へ 『冬の中のあたたかさと優しさ』 9 『冬の中のあたたかさと優しさ』 11 『冬の中のあたたかさと優しさ』の最後へ

『冬はまだ長くとも…』-2

「まぁ、いつまでも避けてるっていうのもどうかな、って思ってね。前から思ってたんだ、これは。」
それにね、と続ける。
「つばきも一緒だったし、きっかけ掴むんだったら今かな、って思って。」
自分の名前が出てきたことが少し嬉しい。俺のことを、少しでも頼りにしてくれたんだということが。その目的がたとえ何であろうと。
「もう終わりにしようと思ったんだ。私の、失恋期間みたいなものをさ。」
とても、柊子らしい表情だった。真っ直ぐで、弱そうだけど、強い。久しぶりに見た気もする。なんとなく安心して、口が緩んだ。
「きっかけは、やっぱりひさぎと榎奈が付き合い始めたってこと、なのか?」
その問いに、柊子は少しだけ考えた。
「…三分の一かな、それは。」
「あとの三分の二は?」
「まぁ、三分の一はやっぱり時間とか、いろいろかな。もう三分の一は…内緒。」
出た。柊子の「内緒」が。前から決まってるんだ、こいつが内緒って言ったときは実は大したことじゃない。柊子だって、俺がそれを知ってるってことくらい分かってるはずなのにな。
気の抜けたような溜め息で聞き流したけど、やっぱり嬉しさを隠せなかった。その嬉しさは、柊子の友達としてのつばき、としても、本当の心の俺としても、種類は違えど同じことだった。
「ありがとね、つばき。」
柊子が突然、脈絡も無く言った。
「は?何が。」
「いろいろと。」
だから、いろいろって何だよ。そう思ったけど、なんとなく言わないでおいた。


タッ、タッ、タッ、タッ
ハッ、…ハッ
吐く息のリズム、アスファルトを弾む靴のリズム。二つの音の調和が、心地よく耳に響く。
走り始めて3キロを過ぎたあたりからか、ふくらはぎが張ってきた。なまってるな。
前は10キロくらいは軽く走れていたはずだ。冬の間、寒さに負けて、積もった雪を言い訳にしてランニングをサボっていっていたせいだ。やれやれ。
まだ少し道の端に残っている雪の塊を蹴った。
もうすぐ4キロだ。そこで折り返して今日はもう戻ろう。
息もすこしあがってきたな。情けない。自分を叱咤するように、大きく一度息を吸った。息を吐く時、少し上を向いてみた。星が、冷たく光っている。
夜に走ることの特権は、これだと思う。人通りの無い暗い道を一人で走る。聞こえるのは足音と息の音、それと風の音だけ。少しだけ、視線を上げれば、星空。
静かに広い夜を独占しているような、優越感にも似たような快感がある。その感覚が、また足の回転のペースを上げさせる。
今日の夜空は三分の二が星空、あとの三分の一には白い雲がゆったりと浮かんでいる。
星と雲の組み合わせの夜空、というのも余りイメージが湧きにくい風景だな、と思う。星よりも、雲のほうに何故か目をとられた。暗い夜の中、しっかりとその色は白だった。
もう一度、大きく息を吐き、前を向きなおす。
そして、俺は柊子のことを考えた。今朝の会話を思い出す。柊子は、きっとひさぎのことを諦めたんだろう。もう、完全に。
そう、諦めただけのことなんだ、多分。
諦める、は、意思の問題だ。でも、好き、とか、そうじゃないとか、そういった気持ちは、感情の問題なんだ。それは、俺が良く知ってる。意思の問題なら、どうとでもなる。でも、感情の問題になると、一朝一夕でどうにかなることなんかではないのだ。なにか、特別なことでもない限り。
試しに息を止めてみた、けれどやっぱり心音は止まらない。苦しくなるだけだ。
車が一台向こう側からやってきた。ヘッドライトがハイビームになっていて、やたら眩しかった。
「いや、それは無いんじゃないかな。」
俺は言った。薄いうどんの湯気ごしにいる、ひさぎに向かって。あえて昼時をはずしたから、学食の中は閑散としている。
「そうかな、でも、可能性としてはかなり高いと思うけど。」
ひさぎは言う。その声のトーンがあまりにも他人事のようだったので、少しだけむっとした。いや、いいのか、他人事で。ひさぎにとってはもう他人事であるべきなのかもしれない。


『冬の中のあたたかさと優しさ』の最初へ 『冬の中のあたたかさと優しさ』 9 『冬の中のあたたかさと優しさ』 11 『冬の中のあたたかさと優しさ』の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前