その(三)-5
『臭い』が近づいてくる。
「そうだ。舞姉ちゃんが頭を撫でてくれた」
「そうよ。達也を抱きしめていたの……」
その言葉と共にじわっと泉の潤いが満ちて指がどっぷり浸かった。
「ああ、感じちゃう」
ふたたびペニスが握られた。
「その時、あたし急に気持ちがおかしくなって……」
むずむずしてきて、生理中だったのに敏感な部分を指で擦った。初めてのオナニーだった。体が熱くなって、体内で何かが動き出したような感覚に朦朧としてきた。片方の腕で私を抱き、指を動かしているうちに、
「達也が寝返りを打って、手があたしの胸に乗っかったの」
乳首から走った快感は体を貫いた。
「どうかなっちゃう……」
怖いくらいの体の変化。私の手を誘導したのは無意識といってもいい。
「パッドの当たっていない上の方に達也の指を……」
それだけのつもりだったのがあまりに感じて勢い余って陰部に押しつけてしまった。
「達也、その時、目を開けたの」
うっすら目を開いた私に驚いたが、はっきり目覚めていたのではないと舞子は言った。だが、ちがう。
思い出した。
(そう、その時、指の臭いを嗅いだのだ……)
舞子の行為の記憶はない。しかし、指が濡れている気がして鼻先に持っていったのである。なざそうしたのかわからない。
(その時のニオイだったのだ……湿った、生臭い臭い……)
「達也のここ、硬くなってたよ」
「うそ」
「ほんと。あたし、触ったの。ちっちゃかったけど硬かった」
舞子は触った手の臭いを嗅いだという。
「達也のニオイって、その時のイメージがあるの」
記憶の底がさらに揺さぶられた。夢現の中でそんなことがあったような気がしてきた。
(気持ちよかった……)
ペニスを触られたからではないと思う。きっと舞子の肌の匂いや柔らかさが心地よかったのではあるまいか。舞子に抱かれながら、私も彼女を『抱いて』いたのではないだろうか。
潜在意識の中に図らずも互いのニオイを刷り込んだことになったのだろうか。それが再会時に性の目覚めとともに呼び覚まされたのかもしれない。そうでなければこんなに劇的に結ばれるはずがない。惹かれるはずがない。
あの『臭い』は二人のフェロモンだったのだ。それは記憶の中でじっと息を潜め、二人の成長と相俟って本能的な求める想いを相互に生み出した。
(でも、やっぱりよくわからない……)
舞子の目を覗いて見つめ合った。その眼差しは澄んでいながら絶え間なく湧き出る湧水のように複雑な光に踊っていた。
「舞子」
「達也」
愛してる、と囁こうとして言葉を呑み、唇を合わせた。
(これからどうなるのだろう……)
私は舞子に重なりながら、肉体だけが大人になっていく漠然とした不安と不均衡さを感じながら戸惑っていた。