その（一）-1
生理的な嗅覚によるものではなく、感覚的に臭いを『感じる』ことがある。私個人の話である。思春期のある時期、その感覚は生まれた。
それを言葉で表すのは難しい。何に起因するものなのか、誰でも持っている感受性なのか、わからなかった。
それは血生臭い、湿った臭いであった。いやな臭いのはずなのに、なぜか惹きつけられ、動悸が高まり、直後に勃起した。
はっきりしていたのはその『臭い』は『女』からのみ感じられたということである。だが、誰でもというわけではなく、限られていた。そしてその特定される根拠も不明だった。
初めて臭いを『感じた』のは十三歳の時であった。ある新人女優をテレビで観た。若手であるが自分よりは年上である。
（誰かに似ている…）
そう思って見つめているうちに息苦しくなってきた。生臭い臭いが顔の周りを漂っている気がした。食事中だったので食卓を見渡した。何かの料理が臭っているのかと思ったのだ。
生ものはないし、それらしいものも見当たらない。
間もなく体が熱っぽくなってきて食欲が失せ、突然、勃起した。
「どうしたの？」
様子がおかしかったのだろう、母親に言葉をかけられて曖昧な返事をした。
食事もそこそこに自分の部屋に戻ると閉じ込められていたものが沸騰して噴きあげた感じだった。
「ああ…」
ペニスに痺れが走って耐えられなかった。ズボンから引き出して無意識に擦り始めた。経験したことのない衝き抜ける快感に翻弄されて腰が砕けて膝をついた。
見たこともないペニスの漲り。天を目指して赤く充血し、血管の膨張は鬼の形相を思わせた。
（どうしたんだろう…）
経験のない事態に不安さえ過った。
「くっ」
あまりの快感に上体がのけ反って震えた。その時、
「ああ…」
がくんと前のめりに倒れかかり、ペニスが吼えた。
精通だった。知識としては持っていたものの咄嗟に対応は出来ず、茫然とするばかりであった。掌に、床に、夥しい精液が飛び散った。
その後の自慰行為には必ずあの女優が臭いをともなって現れた。
次にその『臭い』を感じたのは翌年の初夏。従姉妹の舞子に出会った時である。
母の実家は山梨県甲府市郊外に在る。なだらかな山裾がすぐ近くまで伸びている自然豊かな所であった。
母は末っ子で、家は兄（伯父）が継ぎ、姉（伯母）は他家へ嫁いで近くに住んでいる。
舞子は伯母の長女で当時十七歳、下に齢の離れた武という八つになる弟がいた。
五月の連休を利用して母と二人で出掛けたのは特に用事があったからではない。毎年夏休みに遊びに行っていたのだが、ここ数年、父の祖父母が相次いで体調を崩して寝込んだ末に亡くなり、正月も喪中だったりで機会を失し、三年ほど訪れていなかった。そしてこの年は受験を控えていたこともあって、
「五月にいこうか」という話になったのだった。
久し振りのことで母は嬉しそうだったが、私は気乗りがしなかった。小さい頃は自然そのものが珍しくて、虫を採ったり、魚釣りをしたり、一日中遊んでいても飽きることがなかった。しかし十四歳の私にはすでにそれらに対する興味は失われていて、そうなるとわざわざ電車を乗り継いで出かけるほど魅力を感じなくなっていた。伯父には子供がなく、遊び相手もいない。遊んだ記憶があるのは舞子だが、やはり女の子とは何かとペースが合わず、楽しいと思ったことはなかった。弟の武はその頃まだ幼稚園で、しつこくまとわりつかれて閉口したものだ。
「高校に入ったらなかなか行けなくなるわよ」
しぶる私に母は言った。