マシュマロ絵理-1
翌朝、甲高い笑い声で目が覚めた。何人かが笑っている。
(玲奈…)
明るい声である。話している相手はサリーのようだ。
(何ともなかったのかしら…)
昨夜、いろいろ考えてなかなか寝付けなかった。ショックを受けているんじゃないか、落ち込んでいたら何て言葉をかけたらいいか。心配してたけど、声の様子ではふだんと変わらないように感じる。
私はとりあえずほっとして、今度は別のことが気になった。
(あれだけ元気なら『行為』はどうだったのかしら…)
時計を見ると9時を少し回っている。朝食の時間は9時までである。いますぐ行けば調理のおばさんが何とかしてくれるだろうけど。……
(いいや)
寮では昼食は出ないからあとで何か買いに行くか、どっちみち外へ行くことになる。
(どっかでブランチしよう…)
ベッドから起き上がって、股間が湿っていることに気づいた。
(何だろう…)
まさかオネショなんてするわけないけど、最初に頭をよぎったのはそれである。そのくらい湿っている。手をいれようとするとパタパタと足音が近づいてきた。
「佐伯さん」
サリーの声。ドアを開けるとすっと身を入れて後ろ手に閉めた。
「今日、みんなOKよ」
一年生の集まりのことだ。朝、部屋を回って都合を聞いてきたようだ。
「7時にあたしの練習室。お風呂はそれまでに各自で済ませて」
「一緒じゃないの?」
「うん。自由にしよう。その方がかえってわくわくするわ。それから…」
サリーは少し顔を寄せて、
「ノーブラ、ノーパンね」
私はこっくりと頷いて苦笑した。
「だけど、三田さんも須田さんも承知なの?」
「承知って?」
「集まる目的…」
「決まってるじゃない。いまから燃えてるわよ、2人とも」
「そんな…ほんと?」
「ほんとよ」
戻りかけたサリーの腕を取った。
「三田さんの様子、どうだった?」
サリーは意味ありげな笑みを見せてから、
「いつもより元気なくらいよ。すっきりしたんじゃないかな」
少しふざけた言い方に聞こえた。
「ディルド、入れたって?」
「それは話してないけど。訊いてみたら」
にやっと笑ってウインクした。
「これからレッスンなの。午後には帰るわ。じゃあね」
サリーが出て行くと、思い出して股に手を当ててみた。ジャージまで浸みている。生理じゃないし、汗でもない。触れてみて蜜だとわかった。
(どうしてかしら…)
朝起きて潤っていたことはこれまでにもある。でもここまで溢れて広く下着を濡らしたことはない。サリーと抱き合って、結局私はイカナカッタから寝ているうちに洩れたのかしら。……記憶を辿っていくうちにぼんやり思い出されたのは、真夜中に一度目覚めたことだった。
(でも…)
それも不確かで、夢のようにも思える。
気にかかったままトイレに行って、共同の洗面所で顔を洗っていると背中を叩かれた。振り向くと絵理だった。
(あ…)
心で声を上げたのは、朦朧としつつ目覚めた時の記憶が甦ったからだ。
(絵理の夢を見ていた……)
同時にその内容もはっきり思い出したのだった。
「いま起きたの?」
「ちょっと寝坊しちゃった」
絵理は出かける服装に着替えていた。
「どこか行くの?」
「駅前まで買い物。お菓子とかパンとか。一緒に行かない?」
「行く。すぐ支度してくる」
玲奈の部屋の前に来て、誘ってみようかと思ったが、やめた。
(今は、絵理…)
着替えながら思い出した夢が鮮やかな色彩をもって現われた。
ーー燦燦と陽が降りそそぐ草原。私と絵理は抱き合ったまま右へ左へ転がりながら喘ぎを上げていた。絵理は私にディルドを差し込んで、私は彼女に指を2本入れてこねまわしている。2人とも動物のような声を出している。それしか出ないのだ。
「ウォ!ウォ!」
それは頂上を目指す段階の確認だと互いにわかっている。呼応して吠えあっている。言葉がなくても意思の疎通が出来るのだ。
「ウォ!ウォ!」
「ウォ!ウォ!」
無言の求めに応じて私は突き刺し、貫き、絵理もディルドで繰り返し突いてくる。
(どう?どう?)
「いいわ、いいわ)
くっつけ合った体で伝え、応える。夥しい蜜液が溢れ会陰、太ももへと流れていく。
やがて快感の気球が急速に膨らんでくる。全身が収縮して目いっぱいの力でディルドを挟む。硬い、太い。絵理の体も硬直をみせて胸を張り出してきた。
「ウォ!ウォ!」
「ウォ!ウォ!」
絵理はディルドを引き抜いて放り投げ、私にしがみついてきた。
(志乃!)
(絵理!)
その時目覚めたのだと思う。夢なのは確かだが、イッタのも間違いない気がする。夢を見ながらイクなんてことがあるのだろうか。男性には夢精というのがあるらしいけど、女にもあるのかしら。
夢を思い出してから彼女のことで胸が満たされてしまっていた。夢を見たから、というより、潜在していた願望が夢につながったと考える方が自然に思える。
(なぜ急に絵理なの?)
玲奈のことを一番心配していたのに……。でも思い返すと、私にとって初めて意識して見つめた女体は絵理だった。最初に知り合って、入寮の日からお風呂も一緒だった。全身がマシュマロみたいにぷよぷよで、歩くとおなかの肉が揺れた。
(触ってみたい…)
その時は性的意識と結びつけることなど考え及ばなかったが、視覚から連想する『快感』をイメージしていたことは今となれば思い当たる。触ってみたいという衝動は気持ちがいいだろうと想像することであり、突き詰めれば性的欲望なのだ。同性でセックスするなんて考えてもみなかったが、誰もがその要素を持っているように思う。
絵理は私の深層に火をつけたという意味で初めての『相手』だったのだろう。それなのに実際はまだ指1本触れていない。
(知らないうちにその想いが鬱屈していたんだ…)
私の解釈は絵理に向き合って彼女だけを見つめていた。