投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

un.comfortable.
【純文学 その他小説】

un.comfortable.の最初へ un.comfortable. 2 un.comfortable. 4 un.comfortable.の最後へ

un.comfortable.火曜日-1

翌朝。私はいつもより早く起きた。台所では珍しく早起きした母親が全員分の朝ご飯を作り終わっていた。
「あら、おはよう。今日は早いのね」
「うん、バレンタインだからさ、登校指導に引っ掛からないように」
「大変ねぇ。学校も面倒なもんね。チョコぐらい別にいいじゃない。」
「まあもし見つかっても予備をあげりゃ文句は無し」
「相変わらず準備周到な事」
「まぁね。任せろ」
本当は単に怒られるのが大嫌いなだけだ。
「後はその乱暴な物言いを何とかしなさい」
「それは‥‥諦めろ」
「また男言葉‥‥あんた一応女の子でしょうに」
「男兄弟を持つ女の宿命だ」
「はぁ‥‥」
深々と溜息をついた母親は、こたつに潜り込んでいる弟を起こしにかかった。
「もう、何時まで寝てるの。7時よ、7時。班長なんでしょ?いつもお向かいのゆみちゃんを待たして。まさか今日も休むなんて言うんじゃないわよね?ほら、立ちなさい」
半分眠ったままのヤツを無理矢理立たせ、服を渡しご飯を食べるよう言った。
「いらない」
「食べなきゃ大きくなれないじゃない。ほら、たべなさい」
「はい、食べた食べた」
ヤツはおにぎりを一口頬張り牛乳を流し込み、着せられた制服を着て鞄を持ち、
「いってきま―」
と言い終わらぬ内に玄関の戸が激しく閉じられた。
「はぁ。」
母親は不安と安心の入り交じった溜息をつき、よし、と台所へ戻った。
私は自分の弟の行く末を按じながら牛乳を一気飲みして席を立った。
「あら、もう出るの?」
「うん、いってきま―」 と言い終わらぬ内に玄関の戸を勢いよく閉めた。今日は恒例のアレが無かったな、と小さな喜びに感謝しながら、
「今日も宜しく」
あちこち傷だらけのチャリに挨拶した。

「全く‥‥うちの子はまともに会話も出来ないのね」
「誰に似たんだか」
「本当に。ご飯食べる?」
「うん」
早起きとは無縁のもう一人のヤツは、一部始終を眺めた後こたつに向かった。
「やっぱ高校は近くにしよう。」

学校に着くなりプレゼント交換が始まった。そのピークは昼休み。私も友達とクラスを転々とした。その間私は笑顔を絶やすことはなかった。これは社交辞令のようなもので、いつからか意識的に、そして自然に身についていた。本当の自分を隠す為に。
下手な作り笑いをふりまいてクラスに戻った私は、予想以上の収穫に嬉しさの半面少し煩わしさを感じてしまった。
「そんなの家族にやればいいじゃん」
「そっか‥‥そうね」
思ってもいない事に笑顔で頷きながら、絶対一人で食べ切ってやろうと決心した。せっかく皆が作ってくれた、その想いを無駄にしたくはなかったから。私も皆に喜んで食べて欲しい。だから、皆のチョコも喜んで食べたい。そして皆の笑った顔を想像する、それが私のバレンタインデイの楽しみ方。
―私は妄想僻があるのかも‥‥
そんな事を思いながら、皆のバレンタイン話に耳を傾けた。自分の番になればそれとなくごまかしてその場を済ました。

これは誰にも言っていない事だが、私は真実が嫌いだった。出来るだけ誰も傷つけない方向へ真実をねじ曲げて、相手に不快感を与えないようにしていた。そして相手の笑顔を見て初めて私は少し安心するのだ。
そうすると人というのは自分を失くしていく。真実がいかに残酷か、人の世がいかに虚構な作りを以てして成り立っているのかが良く分かる。いつしか私は真実を信じなくなった。


un.comfortable.の最初へ un.comfortable. 2 un.comfortable. 4 un.comfortable.の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前