THANK YOU!!-6
お昼休憩が終わり、演奏は午後の部のプログラムへと移る。
受付時に貰ったパンフレットを眺めていた拓斗は、上演開始を告げるブザー音に顔を上げた。
司会者が拍手の中から出てきて、午後の部開始を告げる。
またカーテンへと退場していく司会者を目で追っていると前の席・・プロの演奏者が話しているのが聞こえた。
「どうよ、今年」
「まぁ・・レベルは高いけど、ぶっちゃけそこまでじゃないよな」
「もうちょっと才能ある子に賞をあげたいわね・・」
「てかこんなとこにプロ目指してる子が居るのかって話だけど」
他の客に迷惑にならないように小声で話しているのかもしれないが、この集団の真後ろの席に座っている拓斗には筒抜けだった。
このフェスティバルのことについては前に瑞稀が説明してくれたことがあって、プロへの一つの登竜門であることも充分分かっている。
だが、受け手側のプロが、こんな卑屈であれば誰も登竜門をくぐりたくない。
と、拓斗は思った。
それでも、瑞稀はこの場所で吹くことにこだわりがあるなら何も言う気はない。
本人は多分叔父を超えることに躍起になっているだけだろうが。
「・・・」
恨めしげに、集団を見ていると舞台袖から楽器を持った一つの鼓笛隊が登場した。
その中には今回ソロを任されている瑞稀の隊服姿。さっき会った時に強ばっていた表情ではなく、リラックスしてさらに堂々としている。
その顔を見たとき、拓斗は小学校卒業式を思い出した。あの時の瑞稀も、堂々とした態度で、強い眼差しをしていた。・・避けられていたが。
瑞稀たちが椅子に座って、演奏の準備を整え終わると瑞稀たちが入場してきた下手とは逆の上手の方から礼服に身を包んだ女性が現れた。そのまま真っ直ぐに指揮台を目指して歩いていく。
「(・・あ、あの人。確か前に観たときも指揮やってた)」
少し年を重ねた気がするが、それでも記憶の中に居た指揮者と被らせる。
そんな事を考えている間に演奏者とアイコンタクトを終わらせた指揮者がタクトを振り、演奏が始まった。
一曲目は、最近流行りのポップな曲。
周りに居る子供たちが楽しそうにしている。中には小さく手拍子をしたり、口ずさんだり隣の子と顔を見合わせて笑っていたり・・。前の席で演奏者の愚痴を零していたプロの演奏家も楽しそうに笑っている。本当に、自由だ。
拓斗は視線を舞台でトランペットを吹いている瑞稀に戻した。
瑞稀たちも観客席の様子が見えるのか、身体を揺らしたりして楽しそうに演奏していた。
このフェスティバルさながらの様子が見受けられた。
「(・・・確か、瑞稀のソロは二曲目)」
昨日のメールを思い出す。瑞稀は確か二曲目が大好きな曲で、ソロをやれるのが凄く嬉しいと言っていた。
何の曲かは聞いていないが、瑞稀がそこまで言うのだから自然と期待してしまう。
ポップな曲がドラムのソロで終わりを迎えた時、瑞稀がトランペットを構えたまま立ち上がった。
そして、ヒカリの指揮でベルを上げて音を出した。最初はとても駆け足なようなメロディ。サポートするのは優羽たち。
Aメロに入ると少しゆったりめになるがそれでも急にせわしなくなったりする。
―トランペット吹きの休日。
1954年にルロイ=アンダーソンが作曲した、三本のトランペットがメインで細かいメロディを吹くのが特徴の、トランペット奏者にとっては休日とは名ばかりの曲。
最初は全ての楽器が同じ旋律を奏でるのだが、中間まで行くとトランペットが独立し始める。
これが作られた経緯の一つに、オーケストラでいつも怒られてばかりのトランペットが自由に吹けるようにと作曲された。というものがある。
自由な大空をイメージさせる音を出す瑞稀にとっては最高な旋律を奏でられる曲である。
その証拠に、拓斗も含めて観客全員が聞き惚れていた。
せわしく奏でたと思ったら、次は優しく。自由に叩くドラムの音を上手く自分の音に溶け込ませるような寛大な音を奏でる瑞稀はまさしく、大空を象徴させた。
最後は瑞稀の長い一つの音で終わりを迎える。
その瞬間、聞いているこちらの方が耳が痛くなるほどに惜しみない拍手が贈られた。
瑞稀たちが立ち上がり頭を下げても鳴り止むことが無い。やっと拍手が終わったのは退場したあと。だが、静かになった訳ではなく、ざわざわと話し始める。
次々に聞こえてくる会話から、瑞稀たちのレベルが高い演奏が賞賛されている。
また、拓斗もここまで凄いと思ってはいなかったので暫く放心していたが瑞稀との約束を思い出して慌ててロビーに出た。
ロビーで少し待っていると隊服もそのままで、よほど仲間たちから褒められたんだろう赤い顔のまま姿を見せた。
拓斗の姿を見つけると、瑞稀は勢い良く拓斗に抱きついた。
「拓斗!終わったよ!!」
「あぁ!お疲れ!」
そう笑顔で言うものだから、拓斗も先程の賞賛されている会話を思い出して自分のことのように嬉しくなって頭を撫でた。
照れくさそうに、でも嬉しそうに受け止める瑞稀を見て拓斗は自然と笑みが溢れた。