ROB-7
ヤマダ,俺の順に,廊下へ出て,歩み出す。
男が二人,か。
ターゲットの部屋の前に佇んでいる。
背広を纏っているが,ホテルの従業員ではない。
黒のサングラスをしているから,確実。
それにしても。異様に,図体が大きい。
目立ちすぎるだろう,あれは。
効率,悪いな。
近くまで寄って,分かった。
黒人だ。
如何にもボディーガードって,感じだな。
奴らに,無邪気に微笑み掛ける俺。
応答なし。
一瞥すらくれない。
愛想のない奴らだ。
殺してやろうか。
ああそうか,今から殺してやるんだっけ。
笑顔を振りまく俺を余所に。いつのまにかヤマダが,ドアを開けている。俺は,慌てて彼に続いた。
実に高価な部屋なのだが,残念ながら,面白ずく物色している時間はない。
大きすぎるベットに,それぞれ腰を下ろした俺たちは,早々武器を用意する。
「いいか,俺は窓,お前はドアから行く。お前がボディーガードを引きつけている間に,俺が窓からターゲットを殺す。たぶん中にも,ボディーガードは居るだろう。まとめて頼む。俺は一瞬でやるから。」
ヤマダは,腰のベルトから銃を引っこ抜き,言った。彼愛用の,ライフル。古いし,使い勝手が悪いと悪評だが,彼はなぜかそれを手放さない。理由を問いただしたところ,なんでも,昔一緒にコンビを組んでいた奴の,形見だという。
「よし,始めよう。行け,」
ヤマダの声を合図に,俺は立ち上がった。
真っ向から勝負してかなう相手でないことは,見れば分かる。俺は部屋のドアを僅かに開ける。
いっそここから,ナイフを投げてしまおうか。
それなら手前の奴は何とかなりそうだ。
向こう側の奴をどうしようか。
刺したときの感触を味わえないのも,惜しいな。
そうこう考えている内に,手前の奴がこちらを見る。
俺は,息を飲む。
時間もないし,まあいいか。
ドアから飛び出し,一瞬で,二本のナイフを投げる。
手前の奴が,俺に気づいて銃を抜く。
撃てるわけないじゃん。
二本とも,見事命中。
残念。やっぱり遅かったね。
秒殺だ。
銃は鈍い音を立てて,床へ転がる。
そして男たちの体は崩れ落ちる。
俺は二人の男に駆け寄る。
奴らの胸に突き刺さっているナイフを抜く。
いつもより,吸いつきがつよい。筋肉が発達しているからだろう。こんな頑丈な素材で出来ていても,抜いた瞬間には,いつものように大量の血液が溢れだしてくる。床に広がる赤い海。俺は思わず薄ら笑いを浮かべる。
面白い手ごたえだな。
刺した瞬間は,どんな感じがするんだろう。
胸だけでは物足りないな。
首を切り取ってやろうか。
「何してるんだよ,早く行け,」
ヤマダの声がして,我に返る。声量を抑えた,掠れ気味の声。
本当,何をしているんだろう。はっとした俺は,念のため死体の銃を奪っておく。
俺は使わないけれど。念のため。
後でヤマダに贈呈してやろう。
気持ちを持ち直した俺は,もうひとつの任務を遂行すべく,ドアをけたたましい音で叩く。
「済みません,フロントの者なんですが,」
怪しまれることは十二分に分かっている。フロントの者なら,こんなに乱暴にドアを叩くことなどあるまい。が,怪しまれてもいいのだ。むしろ怪しんでもらいたい。目的は奴らの意識を,こちらに向けさせること。そうすれば,後はヤマダが片付けてくれる。
作戦通りだった。間もなく銃声が3発聞こえ,俺は一目散に非常階段の方へ走った。
誰かの悲鳴が遠くで聞こえた。
自動ドアが開き,大理石の床に一歩踏み出した瞬間。いつもの男が,おかえりなさいませ,と一礼する。フロントの係の男だ。高級マンションにお決まりの。俺は,そいつのことを一瞥すらせず,歩み進む。ROBの本部がある,このマンションのフロント。毎度毎度,どうも落ち着かない。床は滑るし,変に広い。なんとも,無意味な気がしてならない。それでも,仕事の前日や,今みたいに仕事を終えた後直ぐ,ここに来なくてはならない。仕方がないのだ。報告したり,命令を受けたりしなくてはならない。
エレベータの横を通り過ぎる。
徐々に暗くなって,電気の光が安っぽく映えてくる,そんな頃。
壁が行く手を阻む。
その向こうに,実はスペースがあるんだ。
例の男の,影すら隠してくれる,都合のいいスペース。
もとより,ここにはほとんど影などないが。