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ROB
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ROB-4

 濃いセピア色の中に,古代西洋風の家具が置かれている。ソファ,シャンデリア,卓,椅子,絨毯。椅子から,細くしなやかな足が延びている。弁慶のあたりで,セピア色がびらびら,不規則に揺れている。忽然,何かが弾ける音がして振り返ると,そこに暖炉があった。色の正体は炎,音の正体は,へし折れた薪。意外な音だ。こんな音がするとは,実に意外。暫く,橙に頬を照らし,暖炉の炎に見入っていた。

 見覚えのある場所だ。
 漠然と,そう思う。ただ,あまりにぼんやりしていたせいか,ここが何処なのか考えるまでに,頭が回らない。
 俺は,暖炉の側,誰かの膝の上にいる。それが誰なのかは,分からない。分からないのに,妙に安心する。温かいせいだろうか。温かいのは暖炉の火なのか,それとも膝なのか。考えようとして,思考回路が封鎖される。
 眠くなってきた。
 瞼が重くて,首が振り子になる。途端,近くで笑い声が響いた。2つ。女と男のもの,ひとつずつ。男の方が近い。直接,背中に響いてくる,笑い声。温かかった。優しいものだった。誰のものなのかは分からない。ただ,何処かで聞いたことがあるような声だった。
 何処だっけ。
 ここは。
 俺は懐かしく思いながら,なんとか目をこじ開ける。それが誰なのか確かめたかったのだ。誰だか分からないのに,見たい。否,誰だか分からないからこそ,会いたいと思った。至極,会いたかった。首を捩ると,期待と喜びに,鼓動が早まっていくのが知れた。
 あんたたちは,誰。
 ずっと会いたかった人たち。
 首はゆったり,その人物を捕らえる。
 そして次の瞬間,俺が見たもの。
 温かい笑顔か,見知った人か。
 そんな期待は,見事に裏切られる。
 俺は立ち上がって,思わず後ずさりした。そこに居た筈の誰かが,居ない。温かい膝の持ち主が,居ない。代わりに,カーペットを染める,生々しい赤。暖炉の炎の閃きがその赤に映える。びらびらと,揺らめいている。
 居心地の悪い違和感,静寂。
 連続していた「時」が,急に断続へ変わったような。
 この画は,やがて色濃く瞳に焼き付くだろう。
 そういう,予告,乃至兆候みたいな感覚。
 震える俺。
 何で震えているのか。まだ,それが何なのか定かではないのに。たとえ血だとしても,見慣れているはず。俺は,視界の隅に映った赤い斑を目で辿る。出来れば,杞憂であって欲しかった。杞憂だという確証を得たかった。何故そう思うのか,よく分からない。
 目は,絨毯を滑り,今度はフローリングを進む。そして,行き着いた先。
 部屋のドアの前。
 うつ伏せで倒れている男の背を,女が抱いている。
 こちらに顔を向けていた。
 顔だけ,俺の方を向いていた。
 明らかに,辛い体勢だろうに。
 二人とも目を見開き,口を半開きにして。
 恐らく死体だ。両方とも。
 見知った顔なのかどうか,すでに判断できなかった。
 否,単に信じたくなかったんだ。
 男の手の甲に,ナイフが突き刺さっている。サバイバルナイフだろうか。掌を貫いている。床から掌までに隙間があった為,そう判断できた。冷静に見て,男はドアを開けようとして,そのまま何者かにナイフを突き刺された,と言える。その後,女が駆け寄り,抱きついたのだろう。
 ぱき。
 薪がへし折れる音がまた一つ。
 それを合図に。俺もまた,二人に駆け寄ろうとした。
「待て,」
 一歩踏み出した俺に,そう言う誰かが取り押さえる。俺は暴れた。頬を濡らして。だが,まるでかなわない。幾らもがいても,捕らえられた腕から抜け出せない。
 もう,だめだ。
 悔しさでうなだれたその際,突然頬を何かが掠った。
 ナイフ。
 蝶の飾りが印象的なナイフ。
 俺もまた,殺されるのだろうか。
 殺してくれ。
 早く。
 想いは思考を飲み込み,頬の痛みさえも抹消する。
 ナイフの先が掠った部分から,少量の血が流れてくる。
 涙と絡み合い,暖炉の光と共に床へこぼれ落ちた。
 ぱき。
 薪がへし折れる音がまた一つ。
 それを合図に。俺は顔をあげる。
 俺を取り押さえる誰かの他に,もう一人,男がいる。そいつは,銃を握っている。が,すぐにしまった。ズボンのベルトに,慣れた手つきで,引っかけた。
 表情をなくした俺は,その光景を黙って見据えていた。
 暖炉に,くだんの死体が投げ込まれた時も,俺は動かなかった。男の腕の束縛はいつの間にとけていたのに,俺は動かなかった。涙と頬の血液だけが,止めどなく流れていた。炎と,赤と,ナイフ。俺の頭に,しっかりとこびり付いた。


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