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ROB
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ROB-5

 目を開ける。いつもの癖で,枕元の携帯電話を開く。午前四時。夜中だ。カーテンの隙間から,青暗い星空が見える。正面の壁に,カーテンの陰が映っていた。
 嫌な夢を見ていた気がする。
 とりあえず。寝台を降りて,廚へ向かう。喉が渇いていた。食器棚からグラスを取り出し,蛇口を捻る。数秒後,水を止めた瞬間,ふと,何かが流し台に滴り,音を立てた。自分の頬が濡れている気がした。慌てて触れてみる。暗くて,よく分からないが,目尻が濡れているから,涙だろう。涙と確信して,深く息を吐く。血であるわけがない,よな。
 水を飲みほした俺は,グラスを流し台に残し,寝台横のサイドテーブルの前に戻る。そこに置いておいた,サバイバルナイフを手に取る。専用の布で,刃先を拭いた。ROBの奴らのほとんどが,銃を武器とする。が,俺はナイフ以外使わない。訓練は受けていたから,使おうと思えば銃も撃てる。だが,人を殺すのなら,ナイフがいい。刃物がいい。刃物以外は,使いたくない。
 お前,どうしてナイフに拘るんだよ。
 以前,ヤマダに聞かれたことがある。俺はそのとき応えた言葉を,もう一度このくらい部屋で呟く。
「感触だよ。刺したときの,意外な柔らかさが堪らない。もっといいのは抜いたときだ。吸い付いてくるんだよ。もっと殺せ,もっと殺せって。銃ではそれを感じられない。それから閃き。俺はここにいるんだって主張している,刃先の赤い光が,何とも言えない。身勝手で,傲慢なところが,俺に似ている。そう思わないか。」
 お前絶対おかしいよ。止めろよ,ナイフなんて。
 あの時のヤマダが,色のないヤマダの顔と声が,蘇った。お前だって人殺しじゃないか,というのは,なんだかその時にそぐわない気がして,口を結んだ。否,自分の勘違いに気づき,戸惑っていたからかも知れない。たとい殺し屋だとしても,皆,俺とは違って,少しは罪悪感みたいなものを感じるのだろうな。みんな,平気で殺しているものかと思っていた。
 勘違い。
 その時のヤマダを見て,思った。
 でも,罪悪感を感じる殺し屋の方が,おかしくないか。
 それとも,俺がおかしいのだろうか。
 そうだ。俺はおかしいのだ。
 おかしくても構わない。両親が死んだその日から,どうでもよくなった。だからたやすく人を殺せる。人の命を金に換算し,受け取ったその金で,飯が食える。何とも思えない。もう惰性と化しているからだろうか。それとも,あの時の悔しさが,尾を引いているのだろうか。仕返し,ということか。
 なんでもいいや。
 もう,どうでもいい。
 あと,一眠りしようと思う。ヤマダとの約束の時間まで,まだ5時間も間がある。ナイフを再びサイドテーブルへ戻す。星の光にまで閃く敏感なそれを,上から眺める。青い光。これも結構好きだ。殺す前の静かな光りだ。殺気に疼いて輝いている。俺とともに。


 黄金色の豪勢なホテル。真昼の太陽光さえ,弾き返すほどの迫力だ。一番絢爛なのは,頂の方にある『HotelChandelier』という,金の文字。今回のターゲットは,ここに居る。大手企業の長と聞いている。さすが,というべきか。些か,高そうなホテルだ。
 タクシーから下車した俺と,スーツ姿のヤマダは,思わず顔を見合わせる。
 なんとも,金閣みたいなホテルだな。
 その豪勢さに気後れしていたあまり,互いの顔が偽装であることを忘れていた俺。瞬時の間を置いて,ようやく。40代前半くらいに見えるこいつが,ヤマダであることを,再認識する。丸い鼻に,への字に曲がった唇。本当のこいつとは,似ても似付かない顔。
 俺は頬を掻いた。
 意識した途端,突然顔が痒くなったのだ。
 そう,俺たちは仮面を被っている。特注品だ。仕事の内容によって(ターゲット以外の人間に顔を見られる恐れがある場合),別人の顔にさせられる時があるのだ。実に精巧に出来ているこれらの仮面について,詳細は知らされていない。使用方法以外,知らない。別に知らなくても構わない。例えば,会社員が社長に,ディスクの値段を問うても仕方がない。それと同じだと思う。
 見ればヤマダも顔を掻いている。
 22歳だったかな,こいつ。
 その顔,変にはまっているのが,おかしい。
「お待ちしておりました,こちらです。」
 玄関で構えていた,ホテル従業員の一人に,声をかけられる。5人,否,6人か。黒い背広を着こなした男たちが,俺とヤマダに深々と頭を下げる。その中で,一番上等な背広を纏っていた奴が,俺たちをホテルの中へ導いた。


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