ROB-3
ゴホン。
ヤマダの咳払いで我に返る。
こいつ,煙草ばかり吸っているから,咳の数が多い。
やっぱり,俺も,吸ってみようかな。
ぼんやり,ヤマダを見据える。
すると,
「何見つめてンだよ」笑いながら,ヤマダが言う。
「見つめてない。見てるだけ。」と俺が応える。多分,無表情だったと思う。少なくとも,無表情を心がけていたつもり。
そういえば。まだ,用件を聞いていない気がする。
「お前,何しに来たんだよ。」
と,不躾な言い回しで俺が問うた。不躾な言い回しは,意図的なもの。ヤマダの,その余裕ぶった雰囲気をぶちこわしてやるため。だが,期待は裏切られた。
ヤマダは,ヘラヘラ笑い出す。
この顔。少し,困ったような笑い方。
この笑いを見ると,いつも思うんだ。
俺を,小馬鹿にしているのだろう,と。
お前みたいな子供(ガキ)に,俺の本性なんて暴けねえよ,と。
それとも。
単に,俺が自意識過剰なだけなのか。
それなら余計,癪だ。
「明日の打ち合わせをしに来たんだよ。ボスの命令で。」
ヤマダが言うように,ROBにはボスという人間が居る。だが,実体は明らかではない。彼の言うボスの命令とは,メールか人づてか,どちらかで受けたもの。それが,俺たちのやり方だ。
秘書がひとり居り,そいつだけがボスの実体を知っているそうだ。それ以外の組織の人間は誰も知らされていない。古株の俺でさえ,彼の顔を見たことがない。ただ,よくよく考えれば,当たり前のことなのである。ボスが一番,命を狙われやすいから。明らかに。もし,ボスの顔が組員に知れ渡っており,ボスの命を狙っている何らかの組織の奴が,スパイとして侵入したら。危険極まりない。俺たちにすら実体を明らかにしないのは,そんな事態を免れる最善の方法だから,なのかもしれない。
そう解釈している。
それに,別にそんなこと,どうだっていい。
「とにかく,あがれよ。」
すでに眠気もすっかり覚めていた俺は,部屋の鍵を開け,ヤマダを中へ導いていた。が,彼は両手と首を同時に,左右に振る。今日は眠いから早く帰る,とのこと。
それなら,わざわざ来なくても,メールか電話で済ませればよかったのに。
分かってはいたけれど,やっぱり,変な奴。
代わりに,紙切れを一枚手渡してくる。
「落ち合う場所と時間を書いておいたから。」と,ヤマダ。
腑に落ちない俺は,曖昧にうなずく。そんな俺などお構いなし。ヤマダは右手を軽く挙げる。
じゃあな。
そう言い残して,エレベーターの方へ歩きだした。彼の背中を見送ろうと考えていたらしい俺は,一度,振り返る。振り返ってから,思った。
まるで,主人を送り出す妾(メカケ)みたいだ。
俺は自嘲し,直ぐ,部屋のドアを開けた。
先刻まで眩しかった蛍光灯の灯りが,音を立てながら,弱々しく明滅していた。