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ROB
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ROB-2

 マンションのエレベーターを出て直ぐ,見覚えのある黒い頭を見つけた。建物自体がL字型に造られているため,東の一番奥にあるエレベーターから,南側に位置する俺の部屋のドアは,コンクリートの壁で下半分隠れている。だから,エレベーター前にいる俺の目には,しゃがんでいるらしいその人物の,「頭」しか見えないというわけ。
 厄介だな。
 正直,そう思う。別に,その人物に限らず。今,誰かを相手にする気力はないというだけ。
 腕時計を見る。
 夜10時過ぎ。
 俺の感覚から言えば,遅くもない,早くもない,微妙な時間帯。
 欠伸がでる。
 何故だか,眠い。
 別に,睡眠不足であるわけでもなく,疲れているわけでもない。
 理由なんて,無いんだろう。
 ただ,寝たいだけで。
 俺は,歩き出す。
 足音が響く。否,足音というよりは,スニーカーの裏が,擦れる音。
 嫌だな,この音。
 相手に居場所を見透かされている気がして。
 距離をはかられている気がして。
 職業柄なのか。
 落ち着かない。
 俺は足音をなるべく忍ばせるようにして,L字に曲がった通路の角を,折れた。そこに,予期していた通りの人物が居る。マンション内の安全のため,常時点けられている蛍光灯の下,しゃがんでいる。そこだけ,異様に際だって見えるなと思ったら,蛍光灯のせいだ。黄ばんだ電灯が,いつもより目映い光りを放っていた。
「遅かったな。」
 俺が足を止めるのを待って,立ち上がりながらそいつが言う。ゆったりとした動作で,立ち上がる。その足下に,思わず目が行った。何が思わずなのかというと,煙草の臭い。風向きのせいか,これほどの強い臭いを,今の今まで,感じずにいた。視界が,その香りを過剰に思わせる効果を生むのかもしれない。
 というのも,大量の煙草の吸い殻が,コンクリートにこびり付いているのだ。ヘビースモーカーなだけあって,相当の量。換算して,ざっと,一時間は待っていたのだろう。職業柄,こんな計算も,得意なのだ。
 それにしても。
 凄い量だな。
 明日の朝までに片づけないと,隣人から苦情が来そうだ。
 厄介。
「依頼主の封筒を本部まで届けに行っていたから。お前こそ,何してるんだよ,ヤマダ。」
 俺は言う。目は,まだ彼の足下に向けたまま。これでも,必死に訴えているつもり。出来ることなら,今度からは携帯灰皿を持ってきてくれ,と。
 彼が,爪先をコンクリートに,ぐりぐり,押しつけたので,俺は首を持ち上げる。そいつの顔を見た。笑っている。
 相変わらず。
 意味が分からない。
 いつも笑っているんだ。
 例えば,額に銃口を当てられたとしても。こいつは動じない(実際に見たわけではないが)。口から鳩が飛びだしても,チューブの歯磨き粉と山葵を間違えた朝も(同じく,実際に見たわけではないが)。それくらい,いつも笑っているということ。
 そろそろ,紹介をしておく。だいぶ遅れたが,紹介をしておく。こいつが,例のヤマダだ。俺のパートナーとも言える存在。ROBは2人一組で行動することが多い。大抵俺とヤマダは一緒に組ませられる。長い付き合いだし,相性もいいからだろう。俺としても,願ったり叶ったりだ。悔しいが,こいつとだと,仕事がやりやすいんだ。互いのことを,熟知しているから。
 そもそも。俺を養護施設から連れ出したのは,ヤマダだった。両親を亡くした俺が養護施設に入ってから,直ぐのこと。当時10歳のヤマダに手を引かれて,街を歩いた記憶が残っている。
 あれは,とある夏の日。
 本当に,幼かった。俺は,カーキの半ズボンを履いているヤマダの足に,突っかからないよう,注意しながら歩いている。多分,彼の腿の辺りに,ようやく頭がある程度だったと思う。小さかった。世の中の何もかもが,大きく見えた。だから,その時の俺にとって,ヤマダはずっとずっと先に,遠くに,居る。時々,見失うくらい,遠くに。
 さらに。その時の記憶。俺は,確か,額に汗を掻いていた。握られたままの手も汗で湿って,気持ち悪い。ただ,幼心に,その手を離したいとは思わなかった。両親が亡くなってから,久々に感じる人肌の温もりだったから。むしろ,ずっとしがみついていたいとさえ思っていた。
 何故だろう。見たものの記憶は不鮮明なのに。その時の気持ちだけは,今でもはっきりと覚えている。


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