ひと夏の恋の行方-1
夕方になり、砂浜で見た夕日は圧巻だった。あたし達はしばらく無言になり、各人が思い思いに感動を味わっていた。
友人たちが自身のどんな背景を以ってこの夕日に臨んでいたかは解らないけど、あたしを含めて彼女たちも一様に目に涙をためていた。
あたし達は夕日が沈みきった後も、しばらく余韻に浸っていた。
宿に帰る途中、あたしは昨日の出来事を、ポツリポツリと友人たちにしゃべり始めた。今回の件では心配させどうしだったので、やはり友人たちには詳細を伝えて、けじめを付けたいと思ったからだ。
ただ、あたしの不安定な本心がどこに有るかは別にして、昨日の出来事の結果、性急なナツくんに愛想がついて、大きらいになったことは特に強調して伝えた。もし、未練の欠片を微塵にも匂わすと、また余計な心配を掛けてしまうと思ったからだ。
「まあ、ナッちゃんには早すぎたかな」
ありがたいことに友人たちは、あたしの言葉を信じてくれたようで、いつもの調子でさらりと受け流してくれた。
それで、あたしの心はまた軽くなった。
あたしは今日一日、極力ナツくんのことを考えないようにしていた。そして今、友人たちに伝えたことで、あたしの中でのナツくんの事は、別世界の話になり始めていた。
今日泊るところはアットホームなオーナーが経営する民宿だった。
ユーコが、今日はあたしの誕生日ということを、民宿のオーナーに伝えたところ、夕食を通常のメニューよりも少し豪勢にしてくれたみたい。一日はしゃいで、お腹がペコぺコの身にはとても嬉しかった。
「ナッちゃん、誕生日おめでとう♪」
三人がコップを片手に、声をそろえて祝ってくれた。
誕生日をこんな形で友だちと過ごせるなんてとても幸せに思った。
旅の解放感がなせる技。少し悪乗りをしてビールで乾杯したのだ。ナツくんの煙草のことなんて言えないなあ。
あっ…。油断すると思い出してしまう。もう、考えないし思い出さない…
「ありがとう。でも20歳まであと1年。あっと言う間におばさんになっちゃうね」
「おばさんになる前に、ちゃんと大人の恋をしなさいよ。キスくらいで騒いでこっちはヒヤヒヤしどうしや」
「そうそう、ナッちゃんには早く大人になってもらいたいもんや。お尻を触られても大丈夫なくらいにな」
ミヤちんが茶化すと、ユーコが笑いながら応えた。
今朝だったら凄く落ち込むような会話だったけど、さっき話した事で友人たちも気を使うことなくいつものペースに戻っていた。
「もう、あたしは純愛から始めたいんや。イキナリそんな関係は絶対にイヤや」
あたしも随分と気が楽になったみたい。いつものようにやり返した。もう大丈夫みたい…
「まあまあ、食べて食べて。早く大きくなりなさい」とトモちゃん。
「あんまり食べたらミヤちんみたいに横に大きくなるやんか」
「あんたトンでもないこと言うなあ」
ミヤちんの存在はありがたい。いつも全てを受け止めてくれる。
女の子4人の食事はとても楽しい。気兼ねなくバカな話で盛り上がる。だけど、ふとした拍子に心に隙間ができた。
「ナ〜ッちゃん、また考え込んでる。今日も何回かあったけど、そんなに考え込んだら老けこむで」
そう言ったユーコの顔がほんのり赤い。ちょっと酔ってるみたいね。
「ううん、ちょっとビールに酔っただけやで」
あたしも同じ、少し酔ってる。
「大丈夫?」
幾ら飲んでも顔色の変わらないトモちゃんが心配した。
「うん、大丈夫やで。でも酔い覚ましにちょっと風に当たってくるね」
心に隙間ができたことで、急激に1人になりたくなったあたしは、みんなに断ってから民宿の外に出た。
そして夜の海が見たくなり星明りの下、1人で砂浜に向かって歩いた。
波打ち際に立ったまま暗い海をしばらく見ていたけど、脱力感を感じたのでその場にしゃがみこんだ。
「ふうぅ」
ため息が出た。
その場にゴロンと仰向けに寝転び、空を見上げると今日も満天の星空だった。
あたしは星に囁くように言った。
「ナツくん、誕生日おめでとう」
アカン、やっぱり忘れられへん…
今日一日、忘れようと思えば思うほど、鮮明にナツくんの顔が頭に浮かんでいた。それを無理やり心の隅に押し込んでいた。苦しかった。紛らわそうとはしゃいだけど、苦しさはどこにも行ってくれなかった。
そして、少しアルコールの入ったことで素になったあたしの心は、押さえ込んでいた反動によって一気に溢れ出してきた。
あたしはナツくんがやったように星の王子を探してみた。
『星をゆっくり目で追っていくんや。そしたらなんか気になる星が目に付くねん。それが自分にとっての星の王子が居る星なんや。そう思うと楽しいやろ』
楽しそうに言ったナツくんの声を、あたしは耳で再生しながら次々と星を目で追っていった。でも、追えば追うほど、鮮やかなはずの星がどんどん滲んできた。
「あたしの王子はどこにいるの…」
あたしには見つけることが出来なかった。
その時、あたしの後ろから声が掛かった。
「ナッちゃん、泣いてるん」
いつもと違う、ミヤちんのやさしい声だった。