第8話 シャボン玉の詩(うた)-2
「さっきからよ・・・好きな事言いやがってよ。てめえに、俺の何が分かるんだよ!」
ドッ!・・・・・・
「毎日客に、安酒振舞って・・・良い歳こいて、そのまま男をたぶらかしたら・・・ベッドで慰めてもらって・・・そんなおめえに、俺の何が分かるかって、言ってんだよ!」
ドッ!・・・・・・
「良いか?・・・おめえが男の胸元で、ハアハア言ってる時だってな・・・明日どうなるか分からない不安で・・・夜も眠れずにベッドの中で脅えてるんだぞ!」
ドッ!・・・・・・
「気付いたらよ・・・いつの間にか朝になってよ・・・眠れないまま仕事をすれば、またお得意さんに怒られてよ」
ドッ!・・・・・・
「そのまま会社に帰れば・・・また、部長に怒られて・・・そんな地獄が、毎日の様に繰り返されるんだぞ!」
ドッ!・・・・・・・
「部長はそんな人じゃない?・・・どうせ、身体を売って、貢いで貰ってるんだろ!・・・この好色ババアが!」
ドッ!・・・・・・
玲子は、陽一に罵倒される度に、何度もベッドに頭を打ちつけられていた。
まるでゴム鞠を突くように、玲子の頭は何度も悲しく弾んだ。
もうそこには、客を分け隔たりなく笑顔で迎えてくれる、きさくなスナックのママは居なかった。
ただ、無抵抗の人形だけが、陽一の怒りを受け止めていた。
玲子は意識薄れる中、陽一の声は耳は届いておらず、ただ思い出に帰っていた。
『てっきり玲子さんを見てると、綺麗の麗かと思ってました・・・・・・』
ドッ!・・・・・・
『そうだわ・・・これからは、陽一さんも必ず御一緒して下さいね・・・・・・』
ドッ!・・・・・・
『今の部長の様に、必ずこの店に僕の部下を一緒に連れてきます!・・・・・・』
ドッ!・・・・・・
『それじゃあ、約束して下さいな・・・・・・』
・・・・・・はい・・・ゲンマンよ・・・・・・
ドッ・・・・・・
陽一から打ちつけられる度に、悲しくも思い出だけが、シャボン玉のように弾けていた。
まるでいたずらっ子にでも悪さされて、口で吹かれて消されるように・・・・・・。
それでも玲子は、屋根まで届けと、思い出のシャボン玉を吹いた。
いつか、そのいたずらっ子にも、この美しいシャボンの輝きが伝わるようにと・・・・・・。
やがて、シャボンは無くなり、玲子は諦めるしかなかった。
しかし、その表情は清々しく、吹いた思い出のシャボン玉を思い返していた。
あの美しくも儚い一瞬を・・・・・・。
玲子に取っては、その思い出に帰れれば満足だった。
その証に、陽一に打ちつけられてる中でも、口元だけは緩み、いつものきさくなスナックのママだった。
「はあ・・・はあ・・・ちくしょう・・・・何でこうなっちまったんだよ!・・・はあ・・・はあ・・・何で僕はこうなったんだよ!」
ドッ!・・・・・・
「ママが悪いんだ・・・ママが僕に優しくするから悪いんだよ。だから・・・僕はつい、ママに甘えたくなって・・・・・・。それなのに僕は・・・僕は!」
ドッ!・・・・・・
「何でだよ・・・何でママはいつも笑ってるんだよ。僕に、酷い事されてるのに・・・何で優しく笑うんだよ!」
ドッ!・・・・・・
「わああ・・・・・・!。ママ!・・・ママ!・・・ママ!・・・僕は、ただママに甘えたいだけだったんだよ!。わああ・・・・・!」
陽一は、玲子が気を失っている事に気付くと、感情を露わにして、その顔の隣に拳を立てていた。
それは、ベッドを相手に殴るかのように、何度も叩いていた。
やがて、その虚しさに気付いた陽一は、気を失った玲子に届くかのように、声を張り上げながらその胸元で泣き崩れた。
それでも、玲子はピクリともせず動かなかった。
「はあ・・・はあ・・・あれ?・・・ママ?・・・ママ!?」
陽一は焦り、しばらく玲子の身体を見まわしていたが、やがて、その右手に微かな動きを感じた。
それに、少し安堵の表情を浮かべたが、その右手の動きは小指を曲げる動作で、何かを訴えるようにも見えた。
・・・・・・はい・・・ゲンマンよ・・・・・・