第14話 デッサン-1
「ここで良いですか?・・・・・。」
そして慶は、睦美の前に立つと、窓際にある反対側のベッドに腰を下ろした。
そう、睦美の態度は、モーテル通りからの思わせぶりな雰囲気に戻っていた。
ここで慶は、またもや自分が弄ばれて、睦美が言葉の掛け違いで惑わしてると思っていた。
だから、あえて誘いには乗らず、素直にデッサンをする事と受け止めて、反対側のベッドに腰を下ろしたのだ。
例え母親とも変わらぬ歳でも、ベッドの上で睦美のような女から誘われれば、たいがいなら一度くらいはと、落ちて行くだろう・・・・・。
ここで、睦美の方のベッドに誘われなかったのは、経験がない為に怖気づいた分けでも無く、睦美に対する気持ちを軽く思われたく無かったからだ。
淫らな想いで過ちを繰り返しても、どこか純な気持ちはあった。
それを今、デッサンで答えたかった。
そんな睦美も、言葉の掛け違いで、慶が自分のベッドに誘われなかった事に、どこかホッとする気持ちがあった。
弄んでるとは言え、今までの経緯を考えると、これだけで身体は重ねたくは無かったからだ。
お互いが、何本もの偽りの線を描いて、一本の真意の線を探り合っていたのだ。
慶は、リュックをベッドの上に置くと、スケッチブックと缶の筆箱を取った。
筆箱を開けると、濃淡の違う鉛筆が何本か入っていた。
その一本を持つと、スケッチブックを構えて睦美の方に顔を向けた。
その瞬間、慶の表情は厳しくなり、先ほどまでの頼り気無い雰囲気は消えた。
睦美はその表情を見て、想像で自分を悦ばしてる凛々しい慶を思いだした。
「睦美さん・・・少しの間ですけど、そのまま我慢して下さいね・・・・・。」
慶はそう言うと、睦美の身体全体を見まわすように視線を送り、鉛筆を走らせた。
初めは、描く対象物の正確な位置を確かめる為、何本もの偽りの線を描いた。
『そう・・・お互いの肌を確かめ合い・・・・・抱きしめ合うように・・・・・』
やがて、簡単に全体の形を捉えると、顔から徐々に下の方へと丁寧に形を整えて行く。
『まるで・・・口づくけを交わすように・・・・・首筋の方に立てながら・・・・・徐々に下の方へ・・・・・』
しばらくすると、慶の視線は睦美の顔に集中した。
顔の表情を正確に描いてる為だった。
その為、何度もスケッチブックと睨みあいながら、睦美に視線を送った。
『何度も絡めては・・・・・透明の糸が輝き・・・・・お互いを確かめ合う・・・・・』
顔が整うと、胸、腰、足の方へと丁寧に時間を掛けて形を作っていく。
『時間を掛けては・・・・・ゆっくりと悦ばしながら・・・・・まさぐるように・・・・・』
睦美は、慶から送られてくる視線に、まるで肌を交わす情景を思い描いていた。
デッサンとは言え、ベッドの上での視線に身体火照る物があった。
そして視線は、足のつま先から腰へと何度も往復した。
『つま先から園まで・・・・・何度も往復させては・・・・・焦らされて・・・・蜜の香りに誘われ・・・・・園を嗜まれ・・・・』
睦美からは、たまらず溢れ出ていた。
伝わる感触に居心地が悪いのか、何度も脚を焦らす姿は悩ましく写り、慶をみなぎらせていた。
それでも、デッサンに集中しようとするのだが、意識すればするほど愛欲が勝り、慶を困惑させた。
そう、睦美を想っては、過ちを繰り返した、あの絵を描いた時のように・・・・・。
描き始めてから、一時間ほど経過した時だった。
慶の視線が、睦美の方へ送る事がほぼ無くなり、スケッチブックを集中的に捉えた。
すでに、仕上げに掛かっているためだった。
ここまで、お互い会話する事なく、思い詰めた緊張感と葛藤していた。
それは、慶の額、睦美の首筋に流れる一滴の汗が物語っていた。
睦美も、ただ黙っているだけとは言え、長時間、同じ体制で居るには過酷な物があった。
思わず、視線が自分へ向けられてない事に気づくと、少し力を抜いて慶の方を見た。
改めて、デッサンに集中する慶の姿を見て、異性としての純な魅力を改めて感じた。
始まりは、若い身体を欲する物からだが、今は惹かれる気持ちが強まっていた。
それでも、その先に求めるのは、お互いの温もりだった。
睦美には、重ねてきた分だけの認識があっても、無知な慶には想像も付かなかった。
それでも睦美は、最後は自分からは受け入れたく無かった。
あくまでも、最後は慶の意思で・・・・・。
そして睦美は、最後の偽りの線を描こうとしていた。