眠れない妻たちの春物語(第三話)-6
「友人が見ていたネットの画像を、偶然目にしたとき、サワコだと思った…結婚したんだろう…」
「結婚した女は、こういうことをしたらいけないのかしら…」
私はマサキに背を向けたまま言った。なぜか、マサキに素直に答えられない自分がもどかしかっ
た。
「まだ、山に登っているのかしら…」
私の言葉にマサキの返事はなかった。あの頃と同じような彼の澄んだ視線だけを、私はまるで早
春のさわやかすぎる太陽の光を浴びるように背中に感じていた。
「私を抱くの…私でいいのかしら…」
そう言いかけて、マサキの方を振り向いたとき、私の唇をマサキの唇がとらえ、私は彼に強く抱
きしめられた…。
気が遠くなるほど、長い時間、私たちは唇を交わし続けた。なぜかふたりの追憶がゆるやかに
甦ってくる。マサキに強く抱きしめられ、ベッドに押し倒された私は、マサキに貪るようにから
だを求められた。
マサキのからだは、色よく小麦色に焼け、私と暮らしていたときよりも、さらに硬くたくましく
なったような気がした。
彼は、唇で目まぐるしく私の首筋を愛撫しながら、私の下着を剥ぎ取っていく。揉みしだかれる
乳房の乳首が、彼の指のあいだで喘いでいる。戯れあう互いの肌が、淡い火照りを含んでくる。
腰をよじり、のけぞった私の中に熱を帯びた彼のものが入ってきた。私の中のすべてが潤みだし、
溶けだし、溢れ出そうとしていた。私は遠い記憶の淵をたどり、なにか眩しい空に抱かれるよう
に、自然とからだが開いていったような気がした。
マサキといっしょに暮らしていた頃、こんな気持ちにはなれなかった…。
私たちは、言葉を交わすこともなく、何かを求め合うようにからだを重ね続けた。
不思議だった…。初めてマサキと出会った頃、お互いが求めあった憧れの光が、今になって私の
からだのなかに一瞬の煌めきを取り戻したような気がした。マサキと混じり合う私の心とからだ
は、やがて澄んだ光となり、不思議なくらい素直なものとして受け入れることができたのだ…。
そして、白い雪に覆われた雄大な山々に抱かれるように、私は性の高みに達していった。私の
中に、溶けた雪が流れ出したようなマサキの精液が、さらさらと木霊のように響いていた。
「明日、ヒマラヤに出発する…もう、東京に帰ってくることはないかもしれない…だから、最後
に、どうしてもサワコに会いたかった…」
そう言うと、マサキは私の頬に優しくキスをし、ホテルをあとにしたのだった。