眠れない妻たちの春物語(第一話)-4
「…SMというのでしょうか…わたしには、よくわかりません…」と、ムラタさんは独り言の
ように呟く。
私はいままで、あんな瞳をした夫に求められたことはなかったと、ふと思う。なぜか私の性器の
中に、私が忘れ去っていた蜜汁が止めどもなく滲みだしていた。
私の背後からムラタさんの堅いものが、太腿のあいだを探るように侵入してくる。そして、弛ん
だ肉の合わせ目を撫でるようにつつき、襞を優しく掻き分けながら蜜液で潤んだ私の中にゆっく
りと入ってくる。
やがて彼のものは、私の奥へと深々と挿入され、私の柔襞と呼吸をともにするように小刻みな
律動を始めていた。その動きに、私の中の懐かしいものが甦るように溶けてくる。
「もうひとつ違うのは、妻とあなたのご主人は、かつて恋人同士だったということ…
…そして、私の妻は、もうこの世に存在しない…ということです…」
…えっ…
私は驚いたように顔をよじり、ムラタさんの方を向いたとき、彼は私のなかに生あたかい精を
放出した…。
ムラタさんとからだを交わしたのは、あの夜の一度だけだった。
翌日、ムラタさんからの電話は、自分が住んでいるスイスへ、急遽、帰国するというものだった。
あのとき、ムラタさんの鞄の中から、わずかにのぞいた縄の束と黒い鞭を、私は、偶然目にした。
彼が私に対してどんなことをしようと思っていたのかもわかっている。
でも、ムラタさんは私を縛ることも鞭を振り上げることもなかった。ただ私を抱き続けるムラタ
さんの瞳の奥が、微かに潤んでいたのは確かだった。
抱かれたからだをのけ反らせ、微かな嗚咽を洩らしながらも、私の胸の奥底には、ムラタさんと
夫の姿が淡く交錯し、何か自分でもとらえがたいものが静かに流れ続けていたような気がした。
春の暖かな朝の陽射しが、部屋の中に柔らかな光を投げかけている。
コーヒーカップを手にして、新聞を広げた夫の横顔を、私はなぜか別人のようにじっと見つめて
いた。
「どうかしたのか…カズエ…」と、夫は不意に顔をあげ、私に言った。
「いえ…別になんでもないわ…」
あれから私は、あの夜の出来事を心に秘めたまま、夫とのいつもの生活に戻っている。夫にあの
映像の中のことを聞くことは、どうしてもできなかった。