〜第1章〜 水曜日 レアン-3
恐る恐る声の方に向くと、すらりとした長身の女生徒が厳しい表情でこちらを見据えている。
黒 髪を上品に結い上げた美貌には見覚えが。いや、この学園の生徒なら誰でも知ってる有名人、シルヴィア・ウィンストンだ。
彼女は臆することなく近づいてくると、僕と恐竜の間に割って入る。
「いったいどういうつもり、ジョンソンさん」
毅然とした態度に、一瞬恐竜は怯んだようにも見えた。だが持ち前の暴力的性格が、舐められるのは我慢できないとばかり、噛みつくような表情になる。
「どうもこうも生徒会長さんよぉ、こいつがいきなりぶつかってきたんだぜ」
僕は立ち止まっていたのだから、ぶつかってきたのは向こうのほうである。が、そんな理屈は通用しそうにない。
「どんな理由があるにせよ、暴力をふるっていいことにはなりません!」
判決を述べる判事のように、麗しき生徒会長は毅然とした態度を崩さず言い放った。すると恐竜は会長、それと僕だけにだけ聞こえるよう声を落とした。
「いいのかよ、俺の機嫌を損ねると、試合に負けちまうかもしれないぜ」
「あら、それは負けた時の責任転嫁?男としてみっともないわよ」
さっと顔を紅潮させ、恐竜は顔を怒らせるが、手を上げるのはさすがに思いとどまったようだ。朝の登校時で、遠巻きに見ている生徒の数も少なくない。いくらなんでも自校の生徒会長、それも女性に手をあげては有耶無耶にはできないだろう。
最後に憎々しげな視線をくれると、恐竜はバスケ部の仲間とともに引き上げていった。僕は路傍の石のように、忘れ去られた。
痛む頬を擦り起き上がろうとすると、心配そうな顔が僕を覗き込む。
「君、大丈夫?」
びっくりするほど近くに、生徒会長の美貌が迫ってくる。切れ長の青い瞳が僕を見据え、かすかに吐息が頬に当たる。
ドクン‥ドクン‥
心臓で鼓動が二度重なった。反射的に胸を抑えると、手の下で明らかに石が脈打っていた。
「い、いえ、だ、大丈夫れすから‥」
動揺を見せまいと、元気そうに立ち上がったが、隠しようもなく声は震えていた。
「血が出てるわ、ちょっと動かないで」
生徒会長はポケットからハンカチを取り出すと、優しく頬にあてる。かつて女性にこんな丁寧に接してもらったことはなく、僕は急に居心地の悪さを覚えた。
「ほ、本当に大丈夫ですから‥、それじゃ授業始まるので、これで失礼します」
もう何とかこの場を離れようという気持ちでいっぱいで、返事はしどろもどろ、まるで逃げ出すように走りだした。
どうやって教室までたどり着いたか覚えてないが、我に帰った時には一限目の授業が始まっていた。そして手にはしっかり、会長のハンカチが握られていた。