狼たちの挽歌 14
岸野は派手にぶっ飛び、娯楽室の机が豪快に音をたててひっくり返った。
結果的にそれがよくなかった。
「おい貴様等、そこで何をしている!」
看守達に見つかり、俺たちは引き離されながらも、互いに口汚く罵りあっていた。
「はぁ〜……」
比類なき自己嫌悪。
冷たい独房で、俺はただただ自分の浅はかさを呪った。
俺と岸野は互いに顔をあわせないように、それに喧嘩した罰の意味も込めて、二人別々の独房に入れられている。
二人の独房はそれほど離れていないのだが、かれこれもう三日は声をかわしていない。
「はあ〜……」
これで本日36回目のため息だ。
束の間の相方、岸野との喧嘩で俺のチャンスは潰えた。夢を絶たれたわけではないにせよ、重要な下積み時代となるはずの時を失い、その上模範生として刑期軽減の目論見まで外れてしまったのだ。
…俺がボケにこだわってしまったばかりに…
はぁ〜……
「37回目だ、誠三郎」
やや離れた独房から聞き覚えのある声。これは…
「岸野!」
「しっ、看守に聞こえたら面倒だ」
「あ、すまん…。それより岸野、俺…」
「コンビを解散しないでくれ」
「えっ?」
予想外の展開に、俺は間抜けな声を出して驚いた。
「お前と漫才がしたいんだ……頼む」
「い、いや、そんなの、こっちから頼みたいぐらいだって」
おそらく頭を下げているであろう岸野の方向に向かって、俺は頭を上げてくれと手をフリフリした。
「よかった…」
本気で安堵したような岸野の声。安心させられたのはこっちも同じだ。
不意に気になった俺は素直に聞いてみることにした。
「なあ、何でお前、俺にそんなこと言おうと思ったんだ?」
やや間があって返事が返ってきた。
「気持ち…だな」
「へ?」
「気持ちだ、漫才に対するな。たかがお笑いで、あんなに熱くなれる人間はいないぜ。…俺以外にはな」
ははは、と乾いた笑いが漏れた。
「前に組んでた相方はそこんとこが欠けていたんだろうな…。きっとお前は才能あるよ」
いやぁ、と俺は照れた。
「ところで誠三郎は何でこんな俺と?」
俺は少し考えて、こう答えた。
「最初は何となくなんだけどな。世界一は猛さんだって言ったとき、いいツッコミがきたから……かな?」
プッと吹き出すのが聞こえた。岸野がおかしそうに言う。
「じゃああれはお前のボケだったのか?」
「ば、バカ言うな!世界一は猛さんに決まってんだろ……いや、けどまぁ松っちゃんも惜しいかもな」
真夜中に二人分の笑い声が響いた。
ややあって、看守の怒鳴り声が響いた。