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新説『忠臣蔵』
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新説『忠臣蔵』 1

時は江戸…天下泰平の時代。
「吉良殿!是非お教え願いたき事がございまする!」
江戸城、松の廊下。
一人の若い武士が年老いた武士を呼び止めた。
「これは浅野殿…何か御用でござるか?」
「はっ!明日ご勅使ご到着の折、我等は玄関の敷台の上にてお待ちすべきでしょうか?はたまた下にてお待ちすべきでしょうか?是非お教え願いたい!」
この若い武士、こう見えても五万三千石の所領を持つ大名である。
この度、朝廷から幕府への使者をもてなす“饗応役”というお役目を仰せつかって、その準備に追われている。
一方、老人の方は“高家”という幕府内で儀礼式典を取り仕切る役職にある者で、饗応役になった大名に式典での礼儀作法を教えてあげる役目…その筆頭にある者である。
ところが、この高家と饗応役の間には、不文律というか、暗黙の了解のような、ある決まり事があった。
それは、饗応役となった大名は高家に付け届け…すなわち賄賂を送るという物である。
もっともこの場合、賄賂と言っても半ば公認の物であり、いわば色々と教えてもらうに当たり、前もって収める“授業料”とでも言うべき物であった。
むしろこの“賄賂”が高家の主要な収入源となっていたぐらいである。
しかしこの若い大名、清廉な人柄なのか、それとも単にこの仕組みを理解していなかっただけなのか、高家の老人に対して送ったのは、かつおぶし二本だけであった。
人を馬鹿にしてるのかこいつ…
…と老人は考え、事々にこの大名に辛く当たった。
当然だ。
そういうルールなのだ。
空気の読めない奴が悪い。
「これは浅野殿もお人が悪い…そのような事、身共ごとき老いぼれに尋ねなくとも先刻ご承知のはずじゃ…」
「い…いえ、是非お教え願いたいのです!」
大名は老人の前に平伏した。
「ほう…本当に知らぬと申されるか。これはおかしい!フハハハハハ…!!」
「な…っ!?」
「浅野殿、貴殿はかねてより礼儀を知らぬ田舎侍と聞いておったが…なるほど、噂に違わぬイモ侍じゃわい!フハ…!フハハハハハ…!!」
「お…おのれぇ…!!」
「ほう!そうして怒った顔はフナによう似ておる!フナじゃ!フナ侍じゃ!!」
老人の罵倒は容赦ない。
かつおぶしの恨みだ。
「ば…ばば…馬鹿にしおってぇ!!もう許さん!このジジイ!!ブッ殺してやる!!!」
若い大名は怒りに震えながら、腰に差した刀の柄に手をかけた。
「抜くか!?殿中(江戸城内)にて抜刀すれば、お家は断絶、領地は没収、お取り潰しとなる!それでも刀を抜く勇気が其方(そなた)にござるか?…ござるまい!」
「な…なな…ナメるなぁっ!!」
大名は刀を抜いた。
「ええぇぇっ!?」
驚いたのは老人の方だ。
まさか抜くまいと思って挑発したら本当に抜いたのだ。
こいつは予想以上にヤバい。
「お…各々方ぁ!!お出合い召されい!!あ…浅野殿、ご乱心でござるぞぉ!!?」
たちまち人々が集まって来た。
大名は構わず老人に斬り付けた。
「ぐわぁ…っ!?」
老人は倒れ込む。
「あ…浅野殿ぉ!殿中でござる!!殿中でござるぞぉ!?」
皆は慌てて大名を取り押さえた。
「は…離しくだされ梶川殿ぉ!五万三千石、所領も捨て、家来も捨てての刃傷(にんじょう)でござる!!武士の情けをご存知あらば、その手を離して今ひと太刀お許しくだされぇ!!」
許す訳が無い。
老人は医師の元に運ばれ、大名も別の部屋へと引きずられて行った。
今さら言うまでも無いが、斬り付けた馬鹿は播州赤穂藩主、浅野内匠頭長矩。
斬られたじいさんは高家筆頭、吉良上野介義央。
時に元禄14(1701)年3月14日。
後の世に言う『松の廊下の刃傷』である。


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