Dandelion 22
だから政権を獲った瞬間に、真戒主義という思想は終わる。
その座に就き続けること自体が、党綱に反するからだ。
体制維持の姿勢は認められず、次の体制への交代を余儀なくされる。そして、次の体制を、今度はさらに転換させることが存在の目的となる。
徹底的な『独裁』の否定。それが始まりだ。
欠陥は認めざるを得まい。
だが、もし何かが変わることがあるならば、これより他に方法はない。
それが、真戒派の結論だった。
「…戸部の考えを教えてやろうか」
神崎は顔を上げた。
「俺達は…つまり、真戒主義者とはテロリストだ。末端の俺達も中央も同じ。結局、騒擾の元としてしか存在できない」
真の民主主義は、騒擾と戦乱の混沌の果てに生まれる。
真戒主義の根幹はその一事に尽きる。それが戸部の考えだと火嘉は語った。
『戸部の考え』だと。末端の個人にすぎない戸部の。
「党綱の一つに『親和』が入ってる真戒派にはそぐわないわな」
火嘉は苦い口調で言った。
「あいつは革命がやりたいんだ。これはあいつの、楽しい革命ごっこさ」
「何で俺に、今それを話すんですか」
火嘉はくい、とペットボトルをあおった。
「今から始まるからだ。あいつが本当にやりたかったことが。俺はそのために、お前をスカウトした」
「…そのために?」
「お前が来て一年経った。けど、戸部の考えに賛同してねえだろ」
神崎は、火嘉の意図がつかめず、表情を殺して続く言葉を待った。彼は何を期待しているのだろうと神崎は考えた。神崎が戸部に反発することを、望んでいるように聞こえたのだ。
そう、懇願しているように。
「ぶっちゃけ戸部のこと嫌いだろ、お前」
「あんたは?どうなんです」
「俺は、もう決めてる」
感情を押し殺した声音で、火嘉はそう言った。
神崎は、彼の手や顔に、あるいは畏れの兆しが現れはしないかと見守っていたが、結局それはなかった。火嘉はもう、決めているのだ。
彼は肩をすくめた。
「何で俺が、それをやりたくないと思うんです?」
聞き返すと、ペットボトルを持ち上げようとした火嘉の手が止まった。
「…お前を拾ったとき、」
彼は、続けることを明らかに逡巡した。
「いんや、違う。違うな。俺の勘違い」
「?」
怪訝に眉を寄せた神崎に、火嘉は何でもないんだと大げさにかぶりを振った。
詳しくは訊ねず、神崎は一つ息を吐いた。
「俺は、それが間違ってるなんて思いませんよ。正直、小難しい綱領より、よっぽどわかりやすいし。ただ……」
「ただ?」
「あいつ…戸部、先輩は」
ぽそりと、神崎はつぶやいた。
「この負けを心底、喜んでるように見える」
戸部を信用しきれない、理由があるとしたらただそれだけだ。
前線に身を置いて、斃れ行く同志を目の当たりにしてきた神崎には、それが不誠実に思えてならない。
火嘉は何も言わなかった。ただ暗く、わらった。
容赦のない、それは肯定だった。