白々黒々世界 5
急に目頭が熱くなり、頬を何かが流れたのを感じた。そう思ったときにはもう止めることができなかった。青年の背に顔を押しつけながら、嗚咽を洩らして泣き腫らした。
「泣いてたら体力減らすだけだろ。痛いのか?」
「‥‥‥‥っ」
「ん、何て言った?」
少女は小さな声で答えたので、聞き取れなかった。もう一度、聞きなおすと今度は彼にもしっかり聞こえた。
「‥‥あんたの‥名前は?」
「焔魔‥‥焔魔双六(えんますごろく)だ。」
背中越しに笑っているのがわかるそんな声だった。
「私は‥‥香‥燐。」
それだけ言って少女は意識を沈めていった。
そして現在にいたる‥‥
意識が戻ったのはつい先程。ソファーの上で目を覚ました。服は変わってはいないが、所々に包帯が巻かれている。
部屋の扉が開く音が聞こえ、香燐は咄嗟にソファーの後ろに隠れた。最早条件反射といってもいいほど、素早い行動だ。そしてそこから扉の方を盗み見た。
「具合はどうだ?」
扉の前にはスーツケースを持つ双六の姿と、荷台を押してやってきたホテルの従業員が立っていた。
従業員はボロを纏った香燐にも礼儀正しく挨拶をする。そして、荷台で運んできた料理をテーブルに並べていった。
「下の階にレストランがあるらしいけど、まだ寝ていた君のために持ってこさせたよ。」
そう言って、彼は向かい側のソファーに座り、テーブルに置かれたピザを一切れ食べる。
料理を並べ終えた従業員はもう一度礼をすると、荷台を引いて部屋から出ていってしまった。
香燐はピザを食べている双六から、テーブルの料理へと視線を落とす。
料理と呼べるものを今まで口にしたことがない香燐にとって、目の前に広がる料理の数々は輝いて見えただろう。
「‥‥これ、食べていいんだよね?」
「一人でこの量を食べろって言うのか?」
そう答えた双六を黙って凝視した香燐は手元にあったフォークでステーキを一切れ口に運んだ。
「‥‥‥‥っ!!」
あまりの旨さに声が出なかった。口の中に広がった肉汁にステーキの食感。カリンの想像を凌駕する旨さに彼女は涙目になった。
「お、そんなに旨いのか?僕にも食べさせっ‥‥」
ドスッ
カリンは自分が食べているステーキの皿に伸ばした右手を迷わずナイフで突き刺そうとした。木製のテーブルに深々と刺さった彼女のナイフを見れば、冗談ではないことがうかがえる。