白々黒々世界 1
晴れ後曇り・深夜。
メキシコ南部の都市の郊外
欠けた月が薄暗い世界をぼんやりと照らしている。空から見れば、都市の中心から蜘蛛の巣状に街の灯りが広がっている。しかし、この灯火は一握りの者しか手にすることができず、それ以外の他者はその影で生きていかなければならない。そんな世界‥‥‥‥
しかし、中にはその影の世界でさえ居場所を見つけられない者もいる。
薄暗いスラムの一角。
入り組んだ狭い路地を一つの影が死に物狂いで走っていた。
息も絶え絶え、使い込まれた服は所々破け、血が滲んでいる。息もあがり、体力の限界が近づいても走ることを止めない。
追っ手から逃げ延びるため?
いや、それは日々迫る死への恐怖から逃げるためなのかもしれない‥‥‥
ちょうど狭い路地から開けた空き地に出たときだった。連続して銃声が聞こえた瞬間、影に衝撃が走った。背中から飛び散り、左足には焼けつくような激痛が走る。そのままバランスを失って影は地面を転がった。
体の節々が悲鳴を上げる。口からは擦れた呼吸音しか聞こえてこない。
でも逃げなきゃ!
走らなくちゃ!
左足を庇いながら、もう片方の足で体重を支えてこの場所からすぐに離れようと力を込めた。
「逃げ回ってんじゃねぇよガキが!!」
黒い影が足元に見えてからそう声をかけられ、影は反応しきれなかった。気付いたときには身体がフッと浮く浮遊感と腹に強い衝撃が入った。
「どうだ小僧?腹の調子は!!遠慮なく内蔵吐き出せや!」
――生憎てめぇらと違って、ここ何日もまともな飯食ってないんで、吐くもんもねぇよ――
そう言いたかったが、つい先程、肺のすべての空気を吐き出されたばかりで言葉が出ない。
「取引中に金を盗んどいて返答もなしか‥‥‥。そんなにお前殺されないのかよ。金はどこだ!?」
汚れた黒スーツ姿の男が蹲った影の胸ぐらを掴んでたたせた。そのとき後ろで見ていた仲間が何かに気付いた。
「おい、こいつ女じゃないか?」
「はぁ!?‥‥‥確かに女だな。売れそうか?」
そう聞かれた仲間は少女の顎を掴んで顔を覗き込んだ。
「顔立ちはよさそうだな。汚れを落とせば売れそうだな。胸は小さいが。
‥‥‥‥‥ぐがっ!!」
「小さい言うな!!」
胸が小さい発言に少女は強烈な頭突きを男の鼻面にたたき込んだ。さらに押さえ付けていたもう一人に噛み付いた。噛まれた男は少女を殴り飛ばして手を離させた。
「おいおい、傷物にする気かよ。」
「人に噛み付くような狂犬は売り物にならんさ。金の在処も吐かねぇし、憂さ晴らしに殺すか?」
そういって男は懐から拳銃を取り出すと少女の額にあてた。