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飛人跳屍
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飛人跳屍 5

「そのとおり!」
 大笑した若者が地を蹴って跳びあがる。
 同時に、その手中の金虹剣は羽虫の群れがいっせいに飛び立つときに似た音をたてた。耳を聾するまでに凄まじい音! 剣身が内力をうけて、細かく震える音だ。
 まして、剣の実物はあらゆる想像を絶していた。抜き身の剣がかほどに美しいものだとは、誰しも信ずまい――李散尽の絶技、「李花散尽」を己で直接目にした者でなければ。
 剣光はさながら舞い飛ぶ桃李の花辨よろしく、標的の四方八方に靡々と閃く。春先、桃李の園に佇むとて、このような絶景は拝めまい。
 この「李花散尽」の技を目にすれば、だから大概のやつはあまりのまばゆさに抵抗のすべさえも失う。
 が、道士はかろうじて花吹雪に似た剣光の渦を逃れた。
 いままでいた木から、また別の木に跳び移ったのである。枝一本折らず、葉の一枚も落とさない、こいつの軽功とてなかなかのものであるはずだが、李散尽を前にして慎重を期したわけだ。
 もちろん逃げるばかりではなく反撃の算段もある。跳び移った木の上でぱっと振り向いたときには、払子は左手にうつり、右手には長剣を構えていた。
 ――どんな技にも弱点はある。そして、それは技を躱されたときにこそ露顕するものだ。
 道士はそれを心得ていた。なればこそ、一度背を見せてから、改めて振り返ったのだ。
 まさか、自分が大変な勘違いをしでかしているとは、夢にも思わない。
 こいつの勘違いは、武芸の技がことごとく相手の命を狙うものと思っていたことだ。
 いかにも、そういう技ならば、躱されたとたんに隙が出る。が、「李花散尽」は、違った。
 振り返った道士は、やはりまばゆいばかりに迫ってくる「李花散尽」の剣光を見た。……隙は、ない。
 ――何故?
 道士の混乱は、はっきり動きに現れて、左手で放つ「秋雨殺人」は、威力も精確さも右手に劣らぬはずが、このときは李散尽の長剣に巻き付いて動きを封じるはおろか、剣刃に触れた瞬間、千々に切り飛ばされてしまった。
 じつは、このように相手を浮き立たせるのこそ、「李花散尽」の本領なのである。躱せど躱せど相手を追う、それがすべての技でもあるから、もちろん一度二度躱されただけで破綻などするはずがない。
「ちいっ!」
 道士の投げつけた払子の柄を、李散尽は技を乱すことなくはらいのけた。
 もしこれが渾身で擲ったのであれば「李花散尽」はそのときこそ破綻していただろうに、相変わらず、道士に気付いた様子はない。
 道士だけでなく、これまで李散尽の相手になったやつは皆、そうだったのである。「李花散尽」の技が負け知らずだったのは、相手がことごとく、道士同様にしか考えなかったからだ。慎重にやればその実あっけなく破れる技なのに、警戒のあまり自縄自縛になって、実力の出せないままはいつくばる羽目になる。

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