飛人跳屍 1
左右に分かれた路。
どちらも登り坂、山へ入る。左の山は天乾山、いただきには玄鉄真人すべるところの金鸞観が建っている。右の山は地坤山、いただきには玉霊散人すべるところの玉霞観が建っている。
金鸞観も玉霞観も神仙教、うち天真派の寺院である。違うところはただひとつ、中の人間が男か女か、それだけだ。
男は金鸞観、女は玉霞観。
だから、この左右の分かれ道で迷って立ち止まるやつなどめったにない。
ところがこのとき、この分かれ道で、立ち止まるどころか、石に腰を下ろして座り込んでいるやつがいた。
朧月夜、そいつは紗をまわしがけた笠を傾け、纏った装束は深沈たる闇にとけている。夜闇に漆黒は存外目立つもの、おそらくは藍色のものだろう。――金鸞観の弟子がこの色の道袍を纏う。
――カラン!
不意に、遠く、音が響いた。
いや、響くほどの音ではない。手に持ってうち振る鉦の、錆びた音だ。
――カラン!
どうやら、こちらへ近づいてくるものらしい。
鉦の音にまじって、陰々と、不吉な調べの歌が流れだした。
「憐れな行き倒れの……お通りじゃ……生命ある者は……路を開けろ……」
――カラン!
「ゆくてを塞がば……道連れとなるぞ……」
ミン帝国では知らぬ者とてない、あまりにもよく知られた詞であり、調べである。
断じて、口ずさむためではないが。
それどころか、この歌が聞こえるや、人々は家に閉じこもり、門扉と窓をぴしゃりと鎖して、歌い手の通り過ぎるのを待つのである。
屍を宰領する神仙教の道士が、うたう歌であった。
神仙教は、武芸もやれば法術もつかう。在家といって、神仙教の道観に入って修業せぬ者も、武芸だけなら教えを受けることができるのである。
だが、屍の宰領はかならず武芸も法術も極めた者がやる。
宰領される屍のほうも、ただの屍ではないからだ。異郷に横死を遂げた者の屍。――それをないがしろにすると死者は悪霊と化す。
ゆえに、死んだやつの故郷まで、あるいはその最寄りの道観まで、屍を連れて帰ってやらねばならぬのである。
法術は、その移動のために必要不可欠であり、それを「僵屍」という。
もとは一般に、死後に一時、死体がこわばって「僵」と呼ばれる状態になったものをいったが、法術ではこの「僵」の状態を持続させる。だから僵屍は、両手を前に突っ張ったまま、膝を曲げずにとび跳ねつつ移動することになる。――実際のところは、道士がまた別の法術で「僵屍を動かす」ことをもやっているのだが。
移動中の僵屍の額にはたいがい札が貼ってある、それが宰領の道士に把握されたものだ。