飛人跳屍 3
「ふん、そういっておけば殺されんとでも思っておるのか?見え透いた手を」
「そんなつもりはさっぱりなかったんですがねぇ」
「いいのがれをする気か。きさま、このわしに何の因縁をつけるのだ。さっさと答えんと、死んだあとに後悔はきかんぞ!」
「失礼ながら」
若者の声は、突如として嘲弄の響きをおびた。
「あんたに俺は殺せねえや」
道士の構えていた払子の糸が、とたんに数千の針と化して、若者の顔をおそった。
まず笠にめぐらされていた紗が、風に吹かれた霧のように千々に裂けて飛ぶ。
紗の中からあらわれたのは、案の定、若い男の顔である。
涼しい目元、凛々しい眉。少しほころんでいる唇からは、闇の中でもわかる白い歯がのぞいていた。
一方、払子の勢いは笠の垂れを裂いたばかりではおさまらぬ。若者の微笑をも裂いてやらんとばかりに、まっすぐ顔をついた。
風を巻いて、払子の幾千もの糸が翻る。かと思うと、すべての糸がねじれるように一つになって、いよいよ勁烈に若者を追う。発するうなりは刃物のごとく、まっさきの糸は若者の鼻に触れんばかりだ。
観念したか、若者には防ぐ様子も見えない。
ところが、そのとき奇妙なことが起こった。若者の微笑はそのままなのに、道士の顔は徐々に、化け物を見つめているような表情に変化したのだ。
道士にしては無理のないところだ。いま放った技は「秋雨殺人」、失敗したことのない必殺の一手であるうえ、速さも力も、手加減はしていない。
ぜったいに、正面からこの技をうけて、笑っていられるわけはないのだから。
ただし、このとき若者は技をうけたわけではなかった。払子は、いまだ若者の鼻先にある。道士の払子が迫るのと同じ速度で、若者もまた跳びずさっていたのだ!
まったく同じ速度で迫る払子と、退く人。
もしまわりが平地だったら、その図のままで延々とそこを移動してゆくのではないかと思わせる。
が、周りは平地どころか、木々が繁っていた。ほどなく、若者の背には一本の木がぶつかった。
道士がしたりとほくそ笑む。若者には、左右によける暇も、ましてや木に上る暇もないはずだ。
――どすっ!
ぞっとするような音。
「わあ、なんておっかねえ払子だ」
若者の笑い声がした。
頭を砕かれたら、笑えるはずはない。若者はあいかわらず、五体満足だ。
音は、木の幹がえぐられた音だ。
「…俺に避けられて驚いてるところを見ると、あんた、その技でずいぶん人を殺ったんだねえ? 出家たるお人が、やれやれ、罪つくりな」
わざとらしい嘆息は、道士の足元から。
背が木の幹についた刹那、若者は両足を折ってしゃがんでいたのだ。
あまり格好はよくないが、笑うやつはいない。ここには二人の他に人の姿は見えず、唯一若者の格好を見ている道士も、とうてい笑う余裕などなかった。
「臭小子!」
罵って、さっき空振りした払子を、今度こそはと若者の脳天に振り下ろした。