飛人跳屍 2
かくて法術で僵屍とされた屍どもは、札を額に貼付け、両手を前へさしのばし、道士の持つ鉦の音につられて跳ねてゆく。
もっとも僵屍というのは始末のよくない代物で、野ざらしにすれば悪霊になるものを故郷に帰してやろうとする移動手段で僵屍としているが、僵屍となったらなったで妙な摂取欲をかきだす。…血と、霊気に対して。
万一道士の札がはがれれば、近くの人間を襲いかねない。だから、例の歌ができた。
そのくせ、やはり半ばは冥界の存在でもあるから、日が出ると動きがとれないあたり、不便なものだ。
それで、宰領の道士は、真夜中の路を、気味の悪い歌を歌いつつ、たいがい五、六体の僵屍を引き連れてあるいてゆくことになる。
――カラン!
鉦の音。あとに、とん、とん、という戸をたたくような音も聞こえだした。
硬直して棒のように伸びきった僵屍の脚が、両方いっぺんに地を叩く音である。
左右に分かれた路。左に行けば金鸞観。右を登れば玉霞観。
五体の僵屍を引き連れた道士が、その分かれ目に立ち止まった。闇中に道観の建物とてみえなかろうに、品定めするように、左右の路の先を交互に眺めている。
男ならば金鸞観、女ならば玉霞観。
この道士はごましおの髭をたくわえて、明らかな男である。僵屍連れとはいえ、この分かれ目で選ぶ路はやはり明白だろうに、何を迷っているのやら。
さっきから座り込んでいる笠の男といい、どうも面妖な空気が漂いだしたようだ。
突然、道士の身体に緊張がはしった。
はじめて笠の男に気付いたのだ。
ぱっと跳躍して間合いをとりつつ襟元から払子を抜き取って、着地したときには水ももらさぬ構えとなった。
「きさま、何者だ!」
「ははは」
笠の内から笑いが響いた。
若者の声だ。
「お手前こそ、どちらさまで? どうしてここで立ちん棒なさる? 立派な髭をお持ちなのに、まさか男のかたではないと?」
「きさまはどうだ」
道士が嘲笑う。
「こんな場所に座り込んで、きさまも男ではないとでも?」
「いえ」
と、笠はいった。
「貧道は、人を待っておりますので」
少しからかうようにばか丁寧な口ぶりを、道士は怪しんだ。
「こんな時間に誰を待つ?」
笠の若者は、かぶりものもとらぬまま拱手した。
「お手前を」
「わしを?」
一瞬キョトンとした道士だが、次の刹那、その顔は別人のような凶相に変わった。
「わしを待っておるだと?…ふん、何の用だ!」
こんな表情で質問をするやつはいない。
質問めいたことを口にしたら、それはつまり恫喝である。
――知っていることをあらいざらい吐きやがれ、さもないと二度と口をきけぬようになるぞ!
本気のやつにかぎって、口ではなく態度で示す。
が、若者は平然としていた。笑っていう。
「あいにく、待てというのは師父の命で、どんな用かは存じませず」