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ディストーション 5

早い話、アホ(ヨハン)が「絶対零度かっこよくね?」と思い込めば、絶対零度のなんたるかなど知らなくても意外となんとかなってしまう。
アホの方が有利なのである。

昔そう言ってやったら、ヨハンの奴は「お前の能力のがよっぽどアホっぽい」などと言い返してきた。
たいがい失礼なやつだ。思い返すだに腹が立つ。


思い出してむかついているうちに、七秒が経過した。
何事もなかったようにヨハンの空間封鎖が解ける。
急激に空気が流れ込み、温度が均衡しようとする。円形に、もうもうと白い煙がたった。凍結した空気が、流れ込む外気を冷やしながら一気に蒸発しているのだ。

煙の中から、がたがた震えながらヨハンが駆け出してきた。
封鎖した自分の空間内では平気な顔をしているくせに、こいつは寒いのが大の苦手だ。

確かに修得能力に適応する耐性を、誰もが持っているとは限らない。
しかしヨハンに限っては、ちゃんと冷気耐性がある。だからどんなに寒くても凍死もしなければ霜やけひとつできないのだ。
本人に言わせれば、そんなの関係ない、だそうだ。平気だろうが寒いもんは寒い、と。

俺が思うに、これもアホの思いこみだ。
血管が収縮するわけでも体温が下がるわけでもない。肉体が低温に対して無反応なのに、脳が寒さを感じているはずがない。
見た感じや他人の反応から、寒いような気がしているだけなのだ。


ヨハンは失神した女を引きずっていた。
肺がつぶれなかったのは幸運だが、酸欠と凍傷でステータス瀕死の状態だ。 

「この女、どうする?」
「そうだな…」
俺は腕組みして考えた。
初めの口上が本当だとすると、食いつく男を殺しまくってるような女だ。
ここは善良な市民として行動するべきだろう。



というわけで、町の治安局に女を届け出た。

対応した治安維持担当官(通称・チカン)は、やたら感激してくれた。
のみならず、局の偉い人まで出てきて、感謝状贈呈式の手配が始まる始末だ。
何事だと目を剥く俺たちに、治官の一人が一枚の指名手配書を示した。

「こいつは最近、周辺を騒がせてた殺人鬼なんだ。下町の通りに女遊びしに来た男を、片っ端から殺しまくってたのさ。それも、ただ殺すんじゃない」
治官は、子供を怖がらせるときのように声を低めた。
「こいつは持ってる短剣で、すれ違いざまに心臓をえぐりとるんだよ。えぐりとったはずの心臓は現場のどこにも見つからなくてね、ついたあだ名が『人食い』リベカ」

目撃証言から、正体はすぐに割れたらしい。近隣の住人で、リベカという名のごく普通の女だった。

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