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ディストーション 4

手を伸ばせば届く、連続しているようにしか見えない空間は、漂う空気を失った。
残されたのは、宇宙空間よりも完璧な真空だ。


絶対零度の真空空間。
そこでは全てが静止し、力を失う。

ヨハンはたった一秒の溜めで、そんなものを作り出せる。
持続時間は七秒かそこらが最高だが、それがどうしたという感じだ。
常識はずれの一瞬の現出。冷やすというよりは、切り替わるという方が正しい。

あの中で平気で動けるのはヨハン一人だ。
もはや、ヨハン空間と呼んでも過言ではない。ダサすぎるから呼ばないけど。


通りのアスファルトが、やはり音もなく凍結し、不規則に無数の隆起が起こる。
見る間に、ヨハンの足元にちょうどよく亀裂が走った。
かっこつけたまま大股開きの姿勢を余儀なくされるヨハンに、俺はそんな場合ではないがふきだしてしまった。
ヨハンはたぶん、『そこ!笑ってんな!』とわめいた。俺を指さしながら、怒った顔で口をぱくぱくさせている。

ヨハンは、ところどころ表皮に氷がまとわりついて、倒れることもできずにいる女の手から短剣を奪い取った。
そのまま鋼の短剣を、鉄パイプで叩き折る。
ヨハンの鉄パイプは、つぶれた工場跡から冷却用液化ガスの配管の一部をかっぱらってきたものだ。
まともに打ち合わせれば鍛えられた鋼より軟らかいが、この空間内でならば立場は逆転する。
短剣の鋼はこの極低温のもとでは、本来の強度を半分も保てないのだ。


女は運がよかった。
短剣をまっすぐに突き出し、溜めの呼吸を吐き出しきったタイミングだったのが幸いした。かろうじて生きている。
もし息を溜めている段階だったら、真空の0気圧に耐えられず即死していただろう。

凍傷や減圧による多少のダメージはあれど、窒息さえしなければ生き物はけっこう平気だったりする。
空気が凍結した真空内では、体熱も空気中のように簡単には奪われない。
少なくとも七秒程度で死ぬほど冷えることはないのだ。


一人一能力ともいわれる昨今だが、これができる人間を俺はヨハンの他に知らない。
子供のころに発現したこの能力を、周囲の大人も驚いていたから、おそらく世間的にも珍しいのだろう。
温度を操る能力というのは珍しくない。熱したり冷やしたりはごく基本だ。
ヨハンが驚かれたのはむしろ、絶対零度状態を作り出すのに必要だから、という理由で、外界の干渉を完全に遮断した断熱空間を切り取ってのけたことに対してだった。
よくは知らないが、ものすごく負荷のかかる難しいことなのだそうだ。
普段アホなことばかりのたまっているアホな子供のヨハンにそんなことができるなんて、信じられない!というわけだ。

だが成長し、つきあいが長くなるにつれ、さもあらんと思うようになった。
能力は、想像力やら創造性やらに左右される。
理屈の前に思い込みが大事なのだ。

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