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ディストーション 3

しめた。深々と突き刺さった刃はそう簡単には抜けないはずだ。隙ありである。俺はフライパン片手に走った。
だが、そう思ったとたん女は、逆手に構えた短剣をぐい、と捻り込んだ。

パキパキパキ、と幹の砕ける音がした。

「うわー…」
ぐるりと一回転捻っただけに見えた。
だがそれだけで、堅い幹が円形にえぐり取られていた。内部に深く、穴が穿たれているのが分かる。
…小鳥の巣穴作りに便利だなあ。

ちょっと現実逃避してしまった俺のもとへ、ヨハンが駆け寄ってきた。


「助けろアッシュ!」
「アホ、こっちくんな!」
女もヨハンを追ってこっちに向かってくる。
俺はフライパンを振り回してヨハンを追い払った。

「てめっ、それでも親友か!」
「ロリコンと親友になった覚えはねえ!」
「おれはロリコンじゃない!妹を愛してるだけだ!」
「ぜっ、全然否定してねえじゃねえか。寄るな変態!」

短剣が襲いかかる。
もみ合っていた俺たちは、弾かれるように別方向に分かれて逃げた。
女はヨハンを追った。

「キャアアア!助けてえ!」
せっぱつまって悲鳴がオカマになってきた。オカマでロリコンなんて最悪だ。絶対友達と思われたくない。
……あれ?もしかしてただのロリコンより犯罪度はマシになってる…か?
バカな考えが浮かんで、俺は一瞬思い悩んだ。
一瞬。

俺に助ける気がないと悟ったのだろう。ヨハンの目がすわった。
それからいったん飛びすさって女と距離をとった。逃げ回るのをやめ、女の進行方向に直立する。
何事かと立ち止まって見ると、ヨハンは鉄パイプを体の前に水平に掲げた。

何をする気なのかわかってしまった。あのバカ、と悪態を吐いて俺は叫んだ。

「アホヨハン!町中でやるな!」
「だれがアホじゃ!」

女が好機と見て勢い飛びかかる。
逆に俺は、俺ランキング最強の特技を発揮した。ヨハンから遠ざかる方向へ。
自慢じゃないが、逃げ足で俺に勝てる人間はそうはいない。
ヨハンが構えたら、猶予は一秒にも満たない。

ヨハンから十メートル、ぎりぎりで俺は逃げ切った。
『力』の発現はその瞬間に起こった。


兆しはない。ヨハンから十メートル以上離れた俺の位置からは、一見して何が起こっているのかは全くわからない。

ただヨハンの周囲で、ザア、ときらめく粉塵が地に注いだ。
ちなみに、『ザア』はイメージであって実際俺の耳に音は届いていない。

ヨハンを中心とする半径約10メートルの球状に、完全に切り取られた断熱空間がある。
その内部に音を伝えるものは、もう存在しないのだ。
降り注いだ粉塵が、かつて振動し音を伝えていたものの成れの果てだった。

空気の構成分子はその場で凍りつき、寄り合って氷の粒と化していた。

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