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魔術狩りを始めよう
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魔術狩りを始めよう 23

「はは、少し雰囲気を出そうとしたんだが。やはり人間、気取らずに自然体でいるのが一番だね」
「何なんですか、あなたは……」
 若月は盛大にため息を吐く。さっきと打って変わってふたりの間にはゆるい雰囲気が流れているが、いまだに少し動揺していた。
「あの、そんなことよりですね――」
「切り裂き魔に遭遇したという話を、なぜ部外者であるはずの私が知っているのか、だろう? そう顔に書いてあるよ」
 観崎は再び妖しい微笑を浮かべる。本当にこの少女は、何をどこまで知っているのだろうか。
 そんな若月の心情を他所に、観崎は続ける。
「詳しくは情報ソース秘匿義務により割愛させてもらうが、私の数多い信頼できる個人的友人の一人から得た情報でね」
「……何故にそんな怪しげな情報を信頼したんですか?」
「決まっているじゃないか。私が『古文研』部長だからだよ」
 言い切った。言い切ったが、まるっきり意味不明である。しかし、彼女の今までの言動からして本気で言っていることは疑いない。
「都市伝説の変遷も、紛れもなく古代から連綿と続く人間文化の一面で――どうしたのかね、いきなり床に体育座りなどして」
「いえ……もういいです」
 慣れましたから、とは流石に言えない若月であった。
「若月クン……変わっていると言われないかい?」
「ああ、はいはい。そうですね」
「……返事がずいぶんと適当な気がするんだが。私は悲しいよ? ――ともあれ我々には知識がある。少なくともキミよりは、ね。だからもしキミが古文研に入るならば、我々はキミの抱える困惑や不安や疑念、それら何もかもを解決する力になり得るし、それをするのにやぶさかではないよ。
 ――さあ、我々は手を差し伸べるが、そこまでだ。その手を取るかはキミ次第だよ若月クン?」
 上から見下ろすのではなく、首を傾けて視線を合わせ手を差し出す。
 その手をじっと見つめる若月。この手を取れば楽になれる……彼女の目は、無言でそう語っている。
 しかし同時に意識のどこかで何かが激しく警鐘を鳴らす。この手を取れば後戻りできない……と。
 散々逡巡した挙句、若月が恐る恐る出した答えは――
「もう少し、考えさせてください」
「……成程、懸命な答えだね」
 眼鏡を中指で押し上げ、観崎は微笑を浮かべる。やおら立ち上がって壁に積み上げられたダンボールの一つを掘り返すと、中から一枚の髪を取り出した。
「今回は仮入部という形にしておこうか。これが仮入部登録用紙だ。何、焦ることはないさ。もっとも――」
 言葉を切り、窓際へと進んでゆっくりとカーテンを開く。沈み始めた太陽の光で、彼女の眼鏡が紅に染まる。
「――あまり時間はないかもしれないけどね」
 その呟きが現実になるまで数時間しかないという事を、この時の若月が知る由もなかった。

 PRRRR……PRRRR……
 深夜のボロアパートに響く、静寂をかき消す無機質な電子音。
 夢の世界を漂っていた若月の脳は、その電子音によって無理矢理に現実に連れ戻された。
 眠い目をこすりつつせんべい布団から半身を起こして数瞬、その電子音を発する元凶が、自分の家の電話だとようやく気がつく。
 寝ぼけた頭で、近所迷惑になると思い反射的に出ようとしたが、冷静に考えてみればこんな夜更けに電話をかけてくるような不躾な知人は思いつかない。
「……ったく、どこの馬鹿だよまったく」
 せっかくいい感じの夢が佳境だったのに、とつぶやき伸びを一つ。

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