魔術狩りを始めよう 16
一方、少女の言動を無表情に眺めながらも女の頭脳はめまぐるしく回転している。
(この身勝手な、しかも自己を誇示したがる性格に、土を使った人形遊びという発想――『お姫様』というのはあながち間違ってもいまい。
確か、この辺りには名門の『お嬢様学校』があったはずだ。高級住宅街もさほど遠くない。だとすれば、この娘の家もその近辺か?)
考えつつ、ちらと腕時計を見やる。間もなく午前6時。そろそろ一般人が起き出して来てもおかしくはない時刻である。
(ならば、採るべき道は一つ。獣を無視して、あの娘を叩く!)
そう考えた時には、すでに飛び出す準備を始める。
フツノを足下、靴のすぐ横に突き立て、重心を落とす。そして視線は、真っすぐに少女をとらえる。
さすがに全てを消し去るまではいかなくとも、フツノの力を以て自分の周囲の影だけでも消せれば、それで足場としては十分。なんとか踏み込める距離である。
だがおそらくチャンスは一度。
失敗すれば少女も警戒を強め、獣に任せて自身は姿をくらますかもしれない。
しかし、少女とてそう簡単に隙を見せるはずもない。三頭の獣は女を取り囲み、妙な動きを見せれば飛び掛らんとしている。
(隙がなければどうするか――作れば良いに決まっている!)
「若月ッ!」
「は、はぃっ!」
怒鳴りつけられ、反射的にびしっと背筋を伸ばす若月。有無を言わさず、女は次の言葉を叫ぶ。
「何もいわずにその手に持っているモノをあの出来の悪い虫ケラに投げつけろっ!」
「はいっ!」
こういう場合の命令は即実行、と身体に叩き込まれている若月、即座にそれを実行に移す。
若月の手から放たれた『ソレ』は、真っ直ぐに影の蟻地獄へと放たれ――カン、と硬質の音を立てて弾かれた。
「アハハハハッ、莫ッ迦みたぁい! あのコはさっきの出来合いと違って、ワタシが直接操ってるのよ? そんな石ころ一つで、何が……」
高笑いしつつ振り向いた少女の貌はしかし、そこで驚愕へと変わる。
目前に迫るは、朝日を背にした銀の刃。
「チャンスは――」
銀閃。
「一度で十分だ」
少女はそれに気付くとすぐに獣に指示を出したが、間違いなく女の刄が到達するほうが早い。
そう判断すると即座に意識を己の武器――影に向け、
「っ! 槍よ、あいつを穿ちなさいっ!」
声に応じて、少女の足下から女の方に向かい、次々と無数の槍が乱立する。
タイミングは完璧。しかし周囲の影ほとんどを使い作られた槍の群れも、女はフツノを地面に突き立て、無理矢理に体を止めて紙一重で躱す。
そして口の端を吊り上げ、
「まとめて消す!」
輝きを放つフツノを一閃、全ての槍を一撃で消し飛ばした。
「う、そ……」
絶句する少女。既に間合いは完全に女の支配するところとなっている。銀の軌跡を描き、フツノの切先は少女の喉下へ――
「あ、あの人がどうなってもいいのっ!?」
少女の叫びに、喉元で刃がぴたりと止まる。それを見た少女は口元を引きつらせながらも、
「い、今すぐあの地面を崩したら、彼の命はないわ。この刃をどけなさい。そうしたら、無事に返し――」
「私に命令するなッ!」
女の怒号に、ひぃっ、と声を引きつらせる少女。
「後ろの獣共の牙と私の刃……どちらが早いか分かっているのか? 命令できるのは私だ。さっさとウチの雑用係を返せ」