飛剣跳刀 8
「…俺の、女」
と、飛衛がにやけていって、「娼婦」の肩に手を回しかける。
「いいかげんにしろ、このオヤジ!」
ティンバロがわめいて、振り払う。その声で、
「ああ、きみか」
ようやく城太郎は気付いて、感心した声をあげた。
「へえ〜、すごい…化粧がうまいんだな」
「くそマヌケ」
ティンバロのほうは、呆れた口ぶりで、
「なんでオレがこんなみっともねえ格好してると思ってやがる。さっきの外の騒ぎも聞こえなかったってえのか?」
「ああ、そうだ。…先生、一体どうしたんですか?芙蓉、何ともないか?」
思わず飛衛とティンバロが目を見交わしたのは、芙蓉が怪我ひとつないばかりか、彼女自身が怪我人どころか死体までこしらえていることを承知しているからで。
その二人を見ぬふりで、芙蓉は世にも可憐な、嬉しげな笑顔を城太郎に向けた。
「ありがと。何ともない」
思わず、飛衛が何やら口走りかけるのを、芙蓉は先にさえぎった。
「センセ、どうしてこんな所まで来てるのか、教えてくれるんでしょ?」
「ああ、うん」
些か、残念ともとれる表情で、飛衛がうなづいた。
「すべては、たーった一人の爺さんのためなんだがな」
飛衛の口ぶりは、迷惑がっているようでも、おかしがっているようでもある。
「うそ」
芙蓉が呟いて、飛衛がききとがめた。
「嘘ではない。俺と城太郎がこんな異国の果てに来て、そこからまた更にウロウロするはめになっておるのは、まったくその爺い一人のためだぞ」
「じゃ、その爺さんを何のために追っているの?」
「それはだな…楽」
ちなみに、ラクではなくガク、だ。
何の楽?と訊くより、芙蓉はクスリと笑った。
「ほーら、やっぱり嘘だった。たかが爺さん一人のためじゃあないんだわ」
何を、こじつけを…という顔で飛衛は芙蓉を見たが、さすがに小娘――しかも、頭と舌のよく回る――を相手に口争いを起こすまい、と己をおさえた。