最果ての城 24
逆に問われて、ハトが困ったようにマラナを見る。だが、少年の答えを待たずに彼は続けた。
「言いつけやぶって、よく石柱の斜面で遊んだもんだけど。人狼なんか見たこともないです」
「人狼はあまり人に姿を見せたがりませんからね…」
ハトがしんみりした口調でそういった。
「そうなんですか?」
「ええ。警戒心がことのほか強いんです。そもそも人狼は群れで生活しますが、群れの中では近親の血族単位で集合し、それぞれに家長を擁し、それがさらに群れ全体の長に従います…」
急にこれまでの芝居まがいとは別の意味で饒舌になったハトに、マラナは眉をしかめた。
「このように、形成されるコミュニティは人間と大差ありませんし、声帯や口の構造、言語形式は共通しているので、民間レベルでは互いに言葉を覚えて平和的交流が行われた記録もあります。異種族と警戒せず、もっとこちらに好意的になってくれてもよさそうなものなんですけどね」
長台詞を、少年はほとんど一息で云いきった。
どこかで聞いたような覚えのある弁舌だ…と、思い返すまでもなく、マラナは既視感の元に思い当たった。カノープスだ。専門分野の話に夢中になると、状況も相手もおかまいなしだった。
地衣類学者たちをよくもどうこう云えたものだ。結局ハトも、同じ穴のムジナである。
「こら、ハト…」
小声でたしなめようとしたマラナだったが、青年の声に遮られた。
「へえ…学者さんって、なんにでも詳しいんですねえ」
のんびりした口調だったが、マラナはひやりとさせられた。妙な疑問を持たれては元も子もない。
だが、幸い彼は何も気付いていないようだった。
「でもやっぱりそのころには、もう人狼はいなかったんですよ。たぶん」
彼は今度は、妙にきっぱりそう云った。
「四年前だったかな。戦後の混乱にまぎれて、外国の部隊が町の近くまで侵攻してきたことがあったんです。国境から近いわけでもないし、わざわざここまで何しにきたのか、いまだにわかりませんけど。しばらく西の山の中にひそんでいたのを、シェザール軍が追い払ってくれたんです」
マラナは緊張を覚えた。おそらくそれがレニチケの侵攻だ。
そんな事件があったことを、シェザールは公式に発表していない。現地人にも真相は隠されているようだ。
「そのとき戦闘があったのが、人狼が棲んでるっていわれてたあたりでした。残党を追って山狩りもしたけど、人狼や住処が見つかったって話は聞いてません」
マラナは思わずハトに目を遣った。ハトも同様だった。目が合う。
「シェザール兵はそいつらを…駆逐したのか」
「え? はい。潜伏していたキャンプを取り囲んで、全滅させたって聞いてます。徽章やなんかは一切持ってなくて、結局どこの部隊かわからなかったって」