最果ての城 18
「それが例の試薬か」
「そう」
ハトは頷いた。
魔狼の分泌物を検出する試薬だと、マラナは聞いていた。
ハトが、フィールドワークにやられるたび、カノープスに持たされているものだった。環境によっては数年前の痕跡も検出可能だという。
巨石やいくつかの石柱の表面をけずりとったり、周辺の木や土を無作為に集める作業を手伝ううちに、マラナはふと気付いて訊ねた。
「その薬は、人狼も見つけられるのか?」
「一応ね。魔狼専門だから、反応は薄いけど」
「カシュケ=ナダで、あのミヘザエル兵たちはその薬を使っていなかったんだな。人狼の存在自体を疑っていた」
「当然でしょ。この試薬はうちの博士が開発したんだ。研究自体が機密扱いで、他国に漏れてる恐れはない」
「そうなのか。便利なものを作ったな。さすが」
ハトは妙な顔をした。
「何言ってるの。あなたの協力でできたんだよ」
「?」
首をかしげたマラナに、ハトはあきれたようにいった。
「生きた魔狼のサンプルなんて、持ってる国が他にあると思う?」
「私は人間だろう」
彼の言いぐさに、マラナは顔をしかめた。
深い意味があったわけではない。だがハトはそれをことさら軽く、冗談のように受け止めて笑った。
「別に、そうじゃないって言ってるわけじゃないよ。基本はそうでも、魔狼の痕跡は確実に残ってるってことさ」
かつてレオは、マラナから魔狼の匂いがすると言った。
そしてあの日からこの体を蝕む『不死』。それでなくとも体のほとんどが人工物だ。
確かに、胸を張って、まるきりただの人間ですとは言いがたい。
黙ったマラナを、ハトは不思議そうにのぞきこんだ。
「気に障った?」
「…いいや」
「よかった」
少年はにこりと笑った。
そして手元に目を落とし、
「あっ」
と言った。
覗き込むと、試薬の色が変わっている。
「極めて淡いが橙赤色に変化……間違い無い、ここに魔狼はいた」
「それだけで断言できるのか」
マラナは素直に感心した。
「普通は無理だけど、この試薬には魔法がかかっているからね。これ一つで多角的に検証できる」
「“いた”という事は?」
「今もいる可能性はゼロに等しい、という事」
「そうか」
それが分かっただけでも大きな収穫だ。国にとっては、だが。
「で、問題は」
「まだ何かあるのか?」
「人狼がいる可能性が……少なくとも二、三ヵ月前まではいたみたい」
科学と魔法の融合は、今回の様にしばしば驚くべき成果をあげる。その最たるものが“核”であった。
当時世界は二つの陣営に分かれて争っていた。初めて核を開発する事に成功したのはシェザールが属していた陣営の国。
最初に投下されたのはヴァラキア支配下の小国だった。核はその光で国を一つ消した。本当に国が一つ消えたのだ。
その光は無機物を透過し、有機物を悉く腐食する。
抗う術は無かった。