最果ての城 13
学者などというものは、この戦時下にのんきなものだ。
マラナは少々あきれていた。
苔の分布地図にどんな学術的価値があるかは知らないが、いい年の大人がよってたかって夢中になるようなことだろうか。
クレザムとの調整担当者が奔走している間も、学者たちは議論に余念がない。
戦争などどこ吹く風といった調子で、苔の話ばかりしている。
そればかりか、長引く戦争に憤っている…調査が滞るという理由で。
ミヘザエル領、クレザムとの国境の街アザニニア。
各分野の研究者二十名を筆頭とした、総勢五十名の調査団は、クレザム入国の手続きと準備のためにこの街に滞在していた。
マラナとレオは傭兵、ハトは研究助手として、調査団に加わっている。
偽の身分証によれば三人ともミヘザエル人だ。
ギミックボディは見るものが見ればすぐにそれとわかる。しかも全身となると、一般人ではありえない。
加えて、戦時下の植民地に入るのだから護衛は必要だ。調査団のうち十名は研究機関の雇った傭兵だった。
偽装としては、最も無理がない線だろう。
ハトの場合、彼の所有している修士学位徽章は本物だ。
専門は魔法動物学だが、一応見た目にはごまかしがきく。
傭兵は、他の者とは別の宿に滞在している。
ハトは毎日マラナたち傭兵の宿に遊びに来ていたが、今日は最終的な打ち合わせ会議に出席していた。
「おたくのあの大きいのは、図体のわりにおとなしいね」
「あまり人慣れしていないので。下手に話しかけない方がいい、ああ見えても獰猛です。噛みつくかもしれない」
「…マラナ、ケンカ売ってるのか?」
傭兵仲間に声をかけられて適当に返事を返すと、小銃の手入れをしていたレオが、ぼそりと口を挟んだ。
「俺は誰にも噛みついたりしないぞ」
「どうだかな。そう願いたいものだ」
マラナは、先ほどからビスを転がしたり銃身をねじきりそうになったりと危なっかしい手つきのレオから、小銃を取り上げた。
ミヘザエル軍と同じ型のアサルトライフルだ。
まだ他国での採用のないブルパップ式で、そのくせ頑丈なつくりのため少々重い。不良も多いと聞いている。
マラナの隊が試し撃ちをしたことがあるが、さほど使い勝手のいいものではない。
そういえば、カシュケ=ナダにいた軍人の装備は、ミヘザエル軍用ではなかった。
どちらもヴァラキア軍の過去の使用モデルだったはずだ。入国後に手に入れたものだろう。
「お前はあまり触るな」
「何だよ、扱い方覚えろって言ったのはマラナだろ」
レオは不満げに口をとがらせた。
「母ちゃんの散弾銃しか使ったことない」と言うレオに、自動小銃の扱いを覚えさせようとしたのは事実だ。