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もう一人のわたし
その他リレー小説 - 二次創作

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もう一人のわたし 8

「むうー……」
まあいいか、ここもいつまでもいられるわけじゃないし。
と、旨そうな匂いがし始めた。どうも今まで緊張の糸が張り詰めていて、嗅覚への心地よさでそれが和らいだらしく、
疲れがどっと意識の堰を切って流れてきた。
「いいや、今夜はもう考えるのはよそう。うん、それがいい」
「全くだ。まりあは仮にも妊婦なんだからな、無理はだめだ。ほら、できたから食べな」
よく分からない料理のくせに、匂いも見た目もやたら旨そうだ。
煮込んだ野菜を食べながら思い出してみれば、こんなにおいしい食卓に座ったのは、本当に久しぶりだった。


「なんと? まりあさんが家出を? それはいけませんな、直ちに警察を──
 え? 友人の家に泊まってるだけ? それはよかった──」
薄暗い中で電話を片手に男の声が響く。その男のそばにはもう一人の男の影。
電話を切った、老齢に差し掛かり気味の男は嘆息したように言葉を漏らす。
「やれ、心配して電話をしてみれば驚きましたな。しかし行き先が分かっているなら問題はないでしょう」
「いや駄目だ。連中に彼女の存在が知れてしまった」
安心しかけた老人の声を淡々と遮る、若い男の声。
「なんと、それでは」
「連中に取られる前、彼女より取り出さねばなるまいな」
若い男の声に感情はなく、
「そうですな、記念すべき初の被験体一号ですからな」


「……?」
ひとしきり鍋をお腹に満載して気がつくと、いつの間にか眠ってしまっていた。
毛布でも着ればよかったかな。少し冷える気がする。
しかし、応接室らしき部屋から持ってきた長いソファは、まだ寒くない今なら簡易ベッドとして十分役立った。
見上げた事務所の電灯は煌々と明るいままで、もし外に洩れていれば確実に怪しまれるはず。
げんえい君は近くの床の上、別棟の宿直室にあった布団を持参、工場内作業用の予備ツナギを寝間着代わりに寝ている。
枕元のラジオは付けっぱのまま、いい意味でくだらない、ネタものの深夜放送を流し続けていた。
ご丁寧なことに、布団の下へほぼ同じ高さの小型段ボール箱をスノコ状になるよう敷き、湿気対策までしていた。
「布団が湿るのが嫌なのは解るけど……」
鍋その他食事の痕跡は、別棟の水回りが届く部屋へ既に運び終えられていた。
明日の朝でもよかったのに、何から何までまめな人だと思う。
「こういう人を旦那にもらうべきなんだろうな」
あれ? 私は何を言っちゃってるんだろ。……ああ、うん。確かに嫌いじゃないけどさ……
「って、誰に言い訳する必要もないか」
しかしよく襲われなかったな。まるで他人事のように思う。
「というか、妊婦を襲おうとはしないか……ッ!?」
独り言の途中で、気づいてしまった。おかしい。何かがおかしい。
気配がする。この工場跡の中に、『何かいる』。
まさ君やこうじ君でもない、さおりさんでもない。……というより、
果たして人間であるかどうかも疑わしい、わけの分からない気配。
(ラジオの声に交じって、音もしているみたいね)
気配の元が何を求めてこの中にいるのか? それは分からないけど、とりあえず今すべきは。
「……え? もう朝か?」
半ば無理に起こしたげんえい君はやはり寝ぼけていたが、すぐにこの工場内のただならぬ気配に気付いてくれた。

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