迷宮の 18
コクリは無言で一方を指差した。
「あっちに進むん?」
ところがコクリは首を横に振った。
「何か聞こえる……」
「一体……あっ」
数秒遅れて、ナツミも音を捉えた。
その方向に目を凝らすと、車が走って来ているのが見えた。
「もしや『渡りに舟』……?」
ナツミは心が勝手に喜ぶのを抑えつけている。転送先で油断は禁物なのだ。
はやる心を宥め賺し、車を待つ事数分。
それは突然谷底へ。
「はあ!?」
中に乗っていた者が無事である筈がない。
「……」
「……」
因みに後者がコクリである。
「……今のは見やんかったという事で……どう?」
漸く声を絞り出したナツミ。だが返事は無い。無口な少女はただ微妙に表情をを変えただけだ。
「カヒマさんには分かんねやろな……」
「……」
異様な気配がする。
コクリの無言の訴えである。
「またか」
谷の端に等間隔に並ぶ巨大な黄色い鉄柱。大きさは高さ直径共に電柱の二分の三程度。所々塗装が禿げ、錆びた表面が顕になっていた。
じり……
コクリの後退りの音。
同時に、一番近くの一本が動いた音でもあった。
まず前方に傾く。その傾斜を元に戻しつつ少し浮いてドスン。
こうして移動するらしい。
「何でもありやな……遅いし、走って逃げれば何とかなるやろ。怖くない怖くない」
「……」
コクリが首を振った。ゆっくりと、横に。
「……何が言いたいねん」
「放っとくともっと速くなる……」
「つまり今倒せと」
首肯。
「無理」
怯えた目になる。
「はいはい分かった分かった」
迫る鉄柱。あの体当たりは地味だが当たれば危険だ。
「分かったから下がっとけ」
慎重に歩み寄るナツミ。鉄柱はナツミに狙いを定めたようだ。
「多分いけるわ」
そう言うとナツミは呼吸を整え、鉄柱が傾いた瞬間に駆け出した。
逃げるのか?否、ナツミは鉄柱の周りを回る。鉄柱はナツミに合わせて傾く。そして鉄柱に遠心力がかかり、傾きが大きくなる。しかし、倒れるまでには至らない。更に速度を上げるが、
「ごめ……やっぱ……無理……」
ナツミの息が切れる方が先だった。
「あっ!」
終には足がもつれて転んだ。
計算外だった。少しでも限界を感じればすぐに逃げるつもりだったのに。それがこの有様。
コクリの直感が正しければ自分は逃げ切れない。ならば……
「先逃げろ!コクリ!」
「嫌!!」