魔術狩りを始めよう 25
「事の概要は観崎から聞いているから説明は不要だ。いくつかの質問に答えてくれればそれでいい」
あくまで事務的に、淡々と彼女は言う。
「まずは……そうだな、どちらにしろ駆け引きは無用か」
「へ……?」
何の説明もないということは、若月に問うたというよりは、自分に確認しただけのようだ。
「では単刀直入に聞くが、――魔導書を知っているか?」
「ま、どうしょ……?」
聞きなれない言葉が頭の中でさまざまな漢字に変換されるが、まったく分からない。
答えられずに困惑している若月を見て、知らないと判断したのか女は小さくため息をついた。
「やはり知らないか。ならば見逃したのはただの気まぐれか……?」
一人つぶやく女。若月は相手にされないことで手持ち無沙汰になり、何の気なしにポケットの中のお守りに手をやった。
(そういえば死んだ爺さんが『どうしても困った時には開けろ』とか言ってたけど、持っていて得した事もないしなぁ)
弄る指がお守りの結び目に掛かる。ありがちな固結びだが、年季が入っているためかなり解れ易くなっていた。
ほんの少しだけお守りの小袋が口を開けた、と思った次の瞬間。
「――!?」
得体の知れない悪寒が若月の身体を駆け抜ける。慌ててお守りの紐を締めると、それは嘘のように消え去った。思わずどっと冷や汗をかく。
たった今感じた、この世には存在しないような、否、してはいけないような感覚。
その感覚は一瞬の出来事だったというのにはっきりと記憶に跡を穿ち、呼吸は乱れ動悸が早くなる。
数瞬を経て、今だにポケットに手を突っ込みっぱなしだと思い出した。そして、手とともにポケットの中にある、お守りであるはずの“何か”。
思わずそれをポケットから引きずりだしたが、姿を現したのは何の変哲もない祖父からの贈り物。
そう、ただのお守りのはずなのに。
若月の指は、ほとんど無意識に再び結び目に向かい――。
「やめておけ」
たった一言。
その声で若月は、はっと我に返った。気が付けば女は若月の横に立ち、結び目へ向かっていたこちらの手は、その細腕にしっかりと押さえられていた。
そして、反対の手にはさっきまで若月が持っていたはずのお守りがある。
「あ……」
それを見て、それまで靄がかかっていたような頭に、急速に現実感が戻ってくる。
それが分かったのか女は手を離すと、
「……時間が時間だ。今日はこれまでにしよう。もう帰ってもいいぞ」
その時こちらを見つめるあの無機的な瞳に、ふっと何か形容しがたい感情が浮かんだ気がしたが、そこにある感情に若月が思い至る前に瞳の揺らぎは掻き消えてしまった。
「どうした? 何を惚けている」
「あ、い、いや何でも……ないです」
「……きっと今日は特別に体が睡眠を欲しているんだろう。今すぐ帰って寝たほうがいい」
「はぁ……じゃあ、えと、失礼します」
女にうながされ、のろのろと歩きだす。だが二、三歩ほど進むと、女にお守りを預けたままだということを思い出した。