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魔術狩りを始めよう
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魔術狩りを始めよう 26

 一応あんなものでも形見は形見だ。返してもらおうと振り返ったが、
「……っあれ?」
 目の前には、がらんとした夜の街が広がるだけで、先ほどの女の姿はどこにもなかった。目を逸らしていたのはほんの数秒、その間に移動できそうな範囲に、人ひとり身を隠せそうな場所はない。
 風が一陣吹いた。
 肌を撫でる夜風の確かすぎる感触。間違いなくそれを感じる。
 夢では、ない。
 だからと言って何が分かるわけでもなく、若月はひとり夜の街に立ち尽くしていた。
 奇妙な出会いの翌日、眠い頭を無理に動かしながら登校した若月は、昼休みになると古文研の部室へと向かった。目的は単純、観崎に昨日の顛末を報告するためだ。
 不可思議な女性。その彼女と交わした会話は多くはなかったが、それでも若月の記憶に鮮烈な印象を残していった。否、彼女の持つ雰囲気、日常から乖離したようなその気配も確かに忘れがたいものだったが、本当はそれよりも――。
 途端、ぞくり、と背筋に寒いものが走った。
 昨日の話の最中、形見であるお守りに触れたときに得た奇妙な感覚、それを思い出したからだ。


「それで、どうだったのかな?」
「えっと、その……」
 この期に及び目の前の奇人を信用すべきか否か逡巡していると、
「どうやら君は余程時間の浪費が好きだと見える。無為な時間は人生に於いてある意味では最大の苦痛だと思うのだが……ああ、もしや君には特殊な嗜好でもあるのかな? だとすれば人様に知られる様な言動は避けるべきだと思うぞ。
 人の噂も七十五日とは言うが、実際人の評価とはそう簡単に覆るものではないからな。尤も、私が口出しすべき問題ではないのかもしれないがね」
「……帰ります」
 脱力感と絶望感とその他諸々の感情が若月の足を出口に向けさせる。
「まあ待ちたまえ若月クン。昔から短気は損気と言うではないか。それに……」
 引き留めの言葉を無視して出ていこうとするが、
「……君の態度次第では私の口が滑ってしまうかもしれないぞ?」
 反光に依り確認は出来ないが眼鏡の奥の瞳に悪意が満ちているのは想像に難くない。
「……それは脅しのつもりですか?」
 冷静を装おうにも声の震えが動揺を伝える。
「ははは、そんな物騒なモノではないさ。ただ君の話を聞きたいだけだよ、私は」
 つまり、言外に脅しているということか。
 若月は盛大にため息を吐いた。毒と思われるものはすでに口にしてしまっている。ここで皿を残す意味もないだろう。
「……まあいいですよ。と言うか最初から報告するつもりでしたし」
 昨日のことは長話になる予感がした。適当な大きさの瓶をひっくり返してイス代わりにして、観崎の正面に座る。
「はは、キミは存外に駆け引きが巧いと思ようだね。貴重な手札をさらしてしまったよ。――まだ他にもあるがね」
 実は皿のほうが毒なのかもしれない。若月は本気でそう思ってしまった。

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