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遠距離恋愛
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遠距離恋愛 15


「綾ちゃん?」
マスターが首を傾げて声をかけるが、綾は引き返すこともできずにいた。
そして、その後ろから咲がひょっこりと顔を出し、可憐に微笑んだ。
(咲ちゃん…か。)
マスターには咲の意図が判ったようで、綾の慌てぶりが可笑しくて、つい声を上げて笑ってしまった。
店内の客の視線が一斉にマスターに集中する。
「失礼しました。」
マスターはコホンとひとつ咳払いをして、その場を誤魔化した。

「ははっ!」
智はマスターが笑っているのを耳で聴き、大声で笑うなんて珍しいなと思い、マスターを見る。と、同時にその横に例の彼女が立っているのを発見した。
(あっ!何か頼むこと…そうだ!)
「すいませ〜ん、灰皿もらえますか?」
隣席のサラリーマンがタバコをくゆらせていたので、そういう運びになったが、実は智は喫煙しない…。

「ほら、綾ちゃん!」
マスターはまだ戸惑いのある綾に声をかける。
「はい…行ってきます!」
小さな拳を握り締めると、すぐさま灰皿を手に取り、呼ばれたテーブルに向かっていった。


「失礼します、灰皿お持ち致しました。」
顔が真っ赤になってないかしら、
声が震えてないかしら、
灰皿を持っている手が震えていないかしら…
それよりも、
彼が何か話しかけてきたらきちんと答えられるかどうか、綾は不安でいっぱいだった。
「ありがとう」
そう言って彼は微笑む。
「あ…いいえ…。」
綾は微笑んだ彼の顔が、とても優しいものだったのに少し見とれてしまう。
「…。」
「…。」
お互い見詰め合ってしまい、次の言葉が出ない。
「あの…!」
「君って…」
綾の声と彼の声とが重なってしまう。
「あの!すみません!お客様、何でしょうか?」
慌てて綾が彼の言葉を促す。
「い、いや、その…!君からでいいよ」
彼も慌てているようだ。
「いえ、お客様から…どうぞ…」
最後はちょっと消え入ってしまうような声の綾。
君、だなんて呼ばれて顔がさらに赤くなってきているのが恥ずかしいのだ。
「…じゃあ…」
コホン、と小さく咳払いをして彼が話し出す。
「きょ…今日…いや、あの…この紅茶は…何ていう銘柄ですか?」
智は何を話せばいいか思いつかず、またしても手短にある話題を振って、言葉切れ切れになんとか話を繋げる。

(あっ、ヤバい。)
一方、綾は智の笑顔にやられそうになる。仕事中なんだからとブンブンと頭を振って、邪念を追い払うが一向に消えない。
「えっと…今日のはセイロンです。この時期はダージリンのファーストフラッシュも人気なんですよ。」
綾もなんとか話を繋ぎたかったため、勉強してきた豆知識を披露する。不思議と好きな話になると、焦りは消えていた。

「ファースト…フラッシュ?」
智は聞き慣れない言葉にオウム返しする。
「お茶で言うなら新茶みたいな感じ。淡いオレンジ色でキレイなんです。」
そう言った綾の顔は好きなことを話していることもあり、とても幸せそうだ。
(かわいい…)
智は話を聞き流しながら、とてもいい顔をしている綾に見とれていた。

二人の会話は店内にも筒抜けではあったが、耳を向けている咲と穏やかにその様を見守るマスター以外は誰も気にも留めず、それぞれの時間を過ごしていた。

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