大好き 2
「よっ裕樹!おはよ!」
下駄箱で背中を叩かれ、俺は一瞬ギクリとした。
生瀬カインだ・・・
「ぉ・・ぉはよ・・」
「今日は、バイト入ってんのかよ?」
屈みながら、上履きに履き替えるカインの腰が自然と目に飛び込んできた。
「ぁ、ああ・・」
「何時から?」
腰で閉めた布ベルトの上から、ショッキングピンクのボクサーショーツのゴムが覗いて見えた。
「ぁあ〜確か・・6時・・」
「おっ!俺と一緒じゃん!・・あれ?」
顔を上げたカインが、首を傾げた。
「裕樹、熱あんじゃね?顔赤いぞぉ?」
カインの細い指が、意気なり俺の額に触れてきた。
「やぁ!やめろ!」
俺は慌ててその手を振払い、廊下を駆け出していた。
「お、おい!?」
カインの疑問符のついた声が、俺の背中に届いてはいた。
掻き分ける生徒たちには、怪訝な顔で見つめられた、
(こんなの不自然だ!)・・・分かってはいた。
(カインは気を悪くしたか?)・・・当然だった。
それでも俺は、その場から逃げ出すしかなかった。
廊下を一目散に駆け抜け、そのまま体育館に向かう渡り廊下へと飛び出し、校舎裏の用具入れ小屋へと逃げ込む。
普段、帰宅部の俺はそれだけでゼェーゼェーと息が上がり、積まれた運動マットの上に、脱力しながらダイブした。
制服が石灰により、白く汚れるのは分かっていた。
埃が舞い上がり、差し込む陽を受け、キラキラと輝いて見えた。
俺は、その場から起き上がることはできなかった。
(どうしちまったんだ・・・・?)
朝だけの衝動ならば、自分を誤魔化すこともできる筈だった。
17才なのだから、思考回路が間違って、同性のカインに向かっただけ・・・悪い夢をみたに過ぎないと忘れることもできると思っていた。
それなのに・・・
カインのショッキングピンクのボクサーショーツを見てしまった・・・
カインの細い指の感触を額に感じてしまった・・・
我慢できなかった・・・
自分を抑することはできなかった・・・
埃に触れた瞳から一筋の涙が頬に流れる・・・
俺は硬く目を瞑り、昂った自身を握りしめた。
「何やってんだ?おめぇ」
その低い声に俺はギクリと飛び上がった。
心臓が止まるかと思うほど、身体が一瞬硬直した。
恐る恐る声のした方に振り返る・・・
「朝っぱらから、泣いてんじゃねーよ。」
銜えタバコの煙りに目を細める男・・・確か、3年の高城譲・・
「な、泣いてなんていません。。埃が目に入っただけっす。。」
俺は命一杯に強がりながらも、不良と名高い高城譲との、始めての会話にドキドキしていた。
高城譲は面倒臭そうに、伸びをしながら俺を見た。
「じゃあ、朝勃ちでも沈めに来たってかぁ?。。そんなもんは便所でしてこいよ。」
そう言うなり、俺に向けて人さし指で"ピン"と煙草を弾き飛ばしてきた。
「うわぁぉ。あ、危ないじゃないっすか!火傷したらどうしてくれんです!」
俺は慌てて立上がり、赤く灯るフィルターを踵で何度も踏み潰した。
「言ってみたらここは、高城さん専用の倉庫じゃない訳だし、俺が隠れていても問題ないと思いますけど・・」
「何ぃ〜?」
(しまった!つい余計なことを口ばしってしまった!)
後悔先に立たず・・・
俺は気づくと高城譲に羽交い締めにされていた。
「い!痛てーてぇ!!は、離せって!」
ヤニ臭い息を近づけられ、俺は必死で抵抗してみせる。
それでも、いくらもがいても、そういう面で長けた高城に、俺が叶う訳もなかった。
「はははっ。偉そうなこと言う割に、腕っぷしの方はてんで駄目じゃねーか。」
高城は苦笑しながら、腕の力を抜いた。
「そ、そりゃーそうですよ。高城さんみたいに喧嘩慣れしてる訳でもねーし・・」
それでも俺は、強がりながら解かれた肩を、ぐるりと回した。
「お前、2年か?」
高城は再びライターを着けると、目を細めながら煙草を赤く灯した。
「ああ、2年B組、日比谷裕樹・・」
俺はふて腐れながらも、それに答えた。
「2年B組・・・そんじゃ、生瀬カインと同じクラスか?」