nao 87
「…許さない。それで、どうすんの?俺のことボコボコにでもすれば気が済む?」
「それであの子が笑ってくれるならそうするけど。」
まじめに返されてしまって、俺は冗談を言ったことを後悔した。
「でもそんなことしてもあの子は喜ばないし。」
香はそう言うと、うつむきながら語尾を濁した。
「逃げてないで帰ってきなさいよ。」
「あなたが壊したんだから、あなたじゃなきゃ治せないの。」
―分かってるんでしょ?自分が何をするべきか。
香のまっすぐな視線が痛くて俺は目を反らす。
「ありさちゃんも、あなたのこと待ってるよ。」
ありさ。元気にしてんのかな。何にも言ってこなかったからまた心配してんのかな…
「…ありさ、泣いてた?」
香はあいまいな表情を俺に向けると、肯定の言葉も否定の言葉も言わなかった。
「早く元気な顔見せてあげてね。」
「香は、いつまでここにいんの?」
「予定では2泊するつもり。」
「そっか。」
「アキラは?」
「…式には、卒業式には顔出す予定。ってアリサに言っといてくれる?」
香が頷いたのを見届けて、香から背を向けドアへと向かう。
「お休み。」
微かに聞こえた香の声に手を上げて答えると、部屋から出た。
パタンと音を立てて扉を閉め、従業員用の部屋へと向かう。
『あの二人、別れたよ?』
『逃げてないで戻ってきなさいよ』
何度も頭に浮かべては消していた考えに気づいていないフリをして、布団を引っ張り出すと頭からかぶって眠りにつこうと試みる。
―どうして別れたんだよ。
―直樹
アイツから離れてみて分かったこと。それは距離なんて関係なく想ってしまうということ。
離れていれば消せるかもしれないと思ったこの想いは、消えるどころかますます強くなっていくこと。
「限界なのかな。」
暗い部屋でそう言葉に出すと、それが、アイツと会わないでいることがなのか、アイツのことを想う気持ちにケリをつけようとしたことなのか、それとも別の何かなのかは分からなかった。
ただ一つ言えるとしたら、それは…アイツに、直樹に会いたい。ただそれだけだった。